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第3話
「葉桜ってか、もうただの葉っぱだな……」
俺たちはお花見スポットとして有名な近所の公園に来ていた。
「あー!ちょっと残念。でもまだ少し桜残ってる」
遼は桜の木の下に駆け寄りパラパラ落ちている桜の花びらを集めている。
「また来年、観に行けばいいだろ?」
「……来年も勇輝と一緒に行けるの?」
俺たちは昨日からお互いに、下の名前で呼び合うことに決めた。期間限定とはいえ、恋人になったのだ。決めたことは最後までやり通したい真面目な性格が嫌になる。
「一緒に行くから。……てかさっきから何してんの?」
木の下で座り込んでいた遼を覗き込むとジップロックに桜の花びらを詰め込んでいる。
「土付いてるし……なんで集めてんの」
「いいの、いいのー!初デートの思い出ってやつ」
キャハハと笑って遼は立ち上がった。パンパンとズボンの裾についた土を取った後に寂しそうな顔をしていたのが少し気になったけどそこまで気にかける権利は俺にはない。
「なー、俺タピオカミルクティー飲んでみたいなー。勇輝一緒に行こうよ」
「タピオカってもう古いよ。まぁ俺も飲んだことないし」
ないんかよ!と言ってゲラゲラ笑う遼。さっきまでの寂しそうな顔は、もう消えていて俺は心のどっかでホッとしてたんだ。
タピオカ店まで横に並んで歩き出す。どちらからともなく指が触れ合った。お互いバチって目が合って真っ赤な遼の顔を見たら気が付いたら俺から手を繋いでいた。
「今は恋人なんだし。人いないとこなら、手……繋ぐ?」
コクコクと必死に頷く遼。
この時照れて顔を伏せてしまった遼の汗ばんだ手を、離したくないなって少しだけ思ったんだ。
それから、俺たちはだいたい週に一回から二回はデートするようになった。といっても、学校帰りに遼の家に行って勉強したりお茶するのが大半で時々手を繋いで散歩に行ったりカフェで喋る、そんな恋人生活だった。
そんなある日、恋人期間終了まで残り半月となった八月半ば。勉強会をしていた時に急に遼が叫んだ。
「俺、海行きたい!」
「海……泳ぐの?」
「泳げねぇ!でも砂浜歩いたり、波の音聞きながら寄り添ってみたいんだよー」
ーー確かこいつ最初の頃に海行きたいって言ってたな。
「まぁ、いいけど……」
「本当!?やったー!急だけどさ、明日行ける?近くの海岸なら電車で二十分で行けるよな!」
スマホで電車の時間を調べながらワクワクしている遼がなんだか可愛く思えてしょうがなかった。
次の日、天気は快晴。勇輝と遼は浜辺に着いていた。
「うわー、綺麗!めっちゃキラキラしてる!」
「遼、はしゃぎすぎ。……ほら、手貸して」
「……?」
「恋人と砂浜歩いてみたかったんだろ」
「……!」
嬉しそうに頬を染める遼の手を握って夏の砂浜を歩いた。暑さと潮風でベタベタするのに、この手を離したくないなぁってこの時強く思った。
ひたすら歩いて、疲れたーっていう遼のために自動販売機でジュースを買った。
砂浜に体育座りしている遼にジュースを差し出す。
「おっ勇輝、サンキュー」
遼の隣に座って自分の分のジュースを開けた。プシュッと炭酸の弾ける音がする。
「波の音聴きながら寄り添ってみたかったんだろ?」
俺がぶっきらぼうに言うと遼はおずおずと肩に寄り添ってきた。
「勇輝、今までありがとうね」
「何言ってんだよ。遼は早く体治して今度こそちゃんと彼氏作りなよ」
「……うん。でも俺この四ヶ月が生きてきて一番幸せだった。ありがとう……」
よく見ると遼の目に涙が浮かんでいる。
「……そんなこというなよ。これから先もっと幸せなことあるだろ」
そんな事しか言えなかったけど、遼は嬉しそうに、けどどこか悲しそうにそうだねーと笑っていた。
「あのさ、勇輝。恋人として最後のお願い……キスしてほしい」
ぽつりと遼が呟いた。夕暮れ、波音だけが聴こえる。まるでこの世界に二人きりのようだった。
俺は寂しそうな遼が、少しでも幸せになるようにと優しく一つキスを落とした。
「ごめん、ありがとう勇輝。……俺、今日のこと絶対忘れない」
夕日が沈むまで二人何も喋らずただただ寄り添っていた。
そしてこれが遼に会った最後の日だった。
三日後。担任からの緊急連絡網で遼が亡くなったことを知った。
遼は末期の癌で四月の時点で助からないことはわかっていたらしい。そして本人の希望で学校や友人には内緒だったから、誰もこの事を知らなかった。
葬儀には担任とクラス委員長の俺、そして遼の友人たちが集まった。友人たちは棺に入った遼を見てわんわん泣いている。
俺はその光景を見ながらも全然信じられなくて涙の一つも出なかった。
棺に入った遼はまるで気持ち良さそうに眠っているようにみえた。
「おい、まだ恋人期間続いてるんだぞ……何寝てんだよ」
小声で遼に話しかける。なんで遼は返事をしないんだろう、そんな事ばかり考えていた。
葬儀が終わり帰ろうとすると、遼の母親に話しかけられた。
「相田勇輝君ですか。私、遼の母親です」
目を真っ赤に腫らした母親は一枚の封筒を俺に差し出した。どうやら俺に渡して欲しいと、手紙を預かっていたらしい。
帰り道、初めてデートで訪れた公園に向かった。ベンチに座りゆっくり手紙を開く。
手紙には高校一年生の頃から俺の事が好きだったって事が書いてあった。入学式の時、転けた遼を保健室まで連れて行った事があった。その時俺に一目惚れをしたらしい。遼にとってそれが初恋だったから、期間限定でも付き合えて幸せだったって事が書いてあった。
封筒の中にはもう茶色くなった桜の花びらが何枚も入っていて、それが初デートで必死に掻き集めていた桜の花びらだと知った時、俺は初めて叫ぶように泣いた。
ーーあぁ、俺も恋をしていたんだ。遼のこと好きだったんだ。
風がひゅう、と吹いて桜の花びらが舞う。
まるで遼が微笑んでいるようだった。
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