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第1話
ファサッ
上着を羽織ろうとした瞬間、静かな廊下に響く何かが落ちる音。
「あ……」
下を向いて拾おうと手を伸ばした途端、誰かの足が私の甲をぐいっと踏み付けた。
「いっ!」
「うわっ!すまない!大丈夫か?」
焦って足を上げ、しゃがみ込んで私の手をそっと持ち上げてすまないと言いながらついてもいない埃を払うようにふーふーと息を吹きかける。
「もう……大丈夫ですから……」
そうかと言いながらも手を離してはくれず、止める事なく赤くなっている所に吹きかける息。
こんなのされ続けたら、私の色々が我慢できなくなってしまう!
「ほら、早くしないと会議に間に合いませんよ?私は大丈夫ですから、行きましょう?」
立ち上がりながら無理矢理手を引き離すと、さあと言いながら足を進めようとしてハッと気が付いた。
手紙!
くるっと後ろを振り返るとそれは既にあろうことか、一番見てもらいたくない人の手の中にあった。
「これ、私の名前宛なんだが?」
マズい!私の人生一マズい!
「えっ?そうですか?なんでしたかねぇ?中身も覚えていない位の昔に書いた物なので、あとで確認してみます。」
「君が書いたのか?私に?」
あっ!
墓穴というのは掘ろうとして掘るものではないんだなと自分の馬鹿さ加減に呆れながら、いつも墓穴を掘っている奴らを馬鹿な奴らだと笑っていた事に反省する。
いや、反省もいいが今はそれどころではない。
「あ……新入社員の頃に書いたような記憶が……あるんですよ。」
棒読みにも程があるが、へぇと言って私の手紙の裏面を見る為に封筒をひっくり返した。
「新入社員の頃かぁ……懐かしいなぁ。入ってきたのは私の5年くらい後だよねぇ?でも、年は私の方が下だったからなぁ……って、もしかして私への愚痴とか?」
そう、私は留学などで他の大卒者よりもこの会社に入ったのは遅かったので、私担当の教育係は私よりも年下だった。
「愚痴だなんて!年は関係なく、素晴らしい方だと最初に会った時から今までずっと思っていますよ?」
「だったら、ここになんて書いたんだい?君はあまり感情を表に表す方ではないのに、そんな君が新人の頃とは言え、私宛に手紙にしたためてまで言いたい事があったということだろう?気になって会議どころじゃないよ。」
「いや……そう言われましても……」
困ったな。
忘れたなんて方便だ。いや、忘れようと思っても忘れられない。今だって一言一句間違えずに言える。
だが、それを見られてしまったら……
「勘弁して下さい。私の若気の至りをほじくるような真似はしないで下さいよ?」
弱ったなという顔をして、少し俯く。
するとすぐに焦ったように私の手の中に握っていた手紙を押し込んできた。
「悪かった、悪かった。少し意地悪が過ぎてしまった。いつも完璧な君だからこんな風に焦るのを見るのが初めてで、少し嬉しくなってしまったんだ。ほら、これは返すからさ……でも、気になるのは本当だよ?もし、言える時が来たならその時には、手紙じゃなくて私自身に直接言って欲しいな。楽しみにしているよ!」
さて、行こうかと言って会議室に向かう背中に、言ったらあなたはどうされるんでしょうねと言ってやりたい気持ちになりながら、それを心の奥底にしまい込み、手に握った手紙を内ポケットに押し込んで先に行く背中に追いつくように早足で歩き出した。
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