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第3話

それはまるで悪夢のような出来事だった。 皆がおめでとうございますと口々にお祝いの言葉を彼に投げかける。 何がめでたいんだ? 彼が結婚することの何がめでたい? おめでとうございます……何だそれは?私への呪いの言葉か? 胸に渦巻く負の感情は顔に出さず、ニコニコと皆と一緒になっておめでとうございますと彼に祝いを述べる。 「何度かもう別れようなんてこともあったんだけどさ、こんな私にずっと寄り添ってくれた彼女と遂に人生を共にする事を決めたよ!」 昨夜、ちょっと大事な話があるから飲みに行かないか?と誘われ、皆には明日話すんだけど、君には最初に知っておいて欲しくてさと言った彼の言葉に一抹の不安があった事は確かだった。だが、まさかこんな急にその時が訪れるとは考えてもみなかった私は、まるで世界から明かりという明かり全てが消えたかのような真っ暗闇に突き落とされた気がしていた。それでも無理矢理に笑顔を作りおめでとうございますと祝いを述べた。 楽しそうにこれからの人生設計を話す彼の言葉に相槌を打ちながらも、耳には何も入っては来ず、私は心の中で神を呪い続けていた。 別に彼とどうにかなりたいなんて思っていたわけではない。ただ、今のままの関係が続いてさえくれればいいと思っていただけなのに。なぜ、そんな簡単な願いすら聞き届けてくれないんだ! どうやって帰ってきたのか覚えてもいない。 朝、起きた時には皺になったスーツでベッドに寝転がっていた。 休みたいな…… そんな誘惑が私をベッドの中に押し戻そうとするが、今日休んだところでこの先も彼と顔を合わせるのに変わりはなく、ここで行かなければもっと明日は行きたくなくなるだろうと予測できた私は、重たい心と体を何とかベッドから抜け出させると、着ていたスーツをベッドに放り投げた。 シャワーを浴びて体をスッキリさせると心も頭も少し落ち着き、会社に行く準備を始めた。アイロンのかかったシャツに腕を通し、ハンガーにかかっている上着を羽織ろうとして内ポケットに違和感を感じ、ベッドに放り投げられている昨日着ていたスーツに手を伸ばした。内ポケットに触れるとカサッと紙の出す音がして、それをゆっくりと取り出す。手に持った封筒をいつも通り内ポケットに入れようとしてふと手が止まった。 あぁ、もうこれは捨てなければ…… まるで鉛のように重く感じる封筒を手にゴミ箱の前に行く。 ぐいっと手を上げると、勢いよく腕を振り切った。 「なぁ、あの手紙の内容って、いつになったら教えてくれるんだい?」 彼が皆の祝いの輪の中から外れた所にいる私の元に来て尋ねた。 「あれ……ですか?もう、捨ててしまいましたよ。私も覚えていない若い頃に書いた事ですが、きっと今と同じ想いが書いてあるだけですから。」 「へぇ?どんな想い?」 「あなたを尊敬しているって言う事ですよ。」 私の言葉に、彼の顔が耳まで真っ赤になる。 「もうっ!何それ?いきなりそんなこと言わないでよ!」 「あなたが聞きたいと言うから言ったまでですよ?どうされたんですか?」 「君がそんな素直に自分の感情を表すなんて、初めての事でしょ?彼女と別れた時にだって、全然悲しいとか言わなかったしさ。私は逆にそんな君が心配だったから、彼女に浮気を疑われながらも君の側にいたんだよ?それなのに、こんな時にそう言う事をサラッと言っちゃってさ……サプライズプレゼントだよ、本当。なんだろう……でも、うん。すごく嬉しいな。今後も君の気持ちが変わらないような先輩でい続けられるように頑張らなきゃね。」 ふふっと眩しい笑顔を残して、再び皆の輪の中に戻ろうとする彼の腕を無意識に引っ張っていた。 「どうしたの?」 振り向いた彼の笑顔に何も言う事はできず、チリッとした痛みと共に内ポケットの中でカサッという紙の音がした。 「いいえ、そこ滑りやすいみたいなんで、気をつけて下さい。」 ありがとう、そう言って私の手を離して皆の中に消え去っていく背中を眺めながら、私はそっと内ポケットから捨て切れなかった封筒を取り出すと、シュレッダーにそれを吸い込ませていった。 「あなたを愛しています。」 言うことも見せることもできなかった…… 細かい紙屑になっていく自分の気持ちを慰めるようにぼそっと呟くと、後ろを振り返ることなく部屋を出た。

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