1 / 5

淡々しくも狂おしく

 問診表を受付に提出して、ややあって診察室に呼ばれた。 「森山郁斗(もりやまいくと)さんですね。どうぞ、そちらへ」  引き戸側の椅子に腰かけて銀髪の医師と向かい合う。学ラン姿に好奇心を刺激された様子はないのにホッとして、可動式のベッドに視線を流す。 〝限界まで初恋をこじらせた方を専門に診る医院〟。謳い文句に反して、診察室はしごく平凡だ。看板倒れじゃなければいいのだが。あどけなさの残る顔に影がさしたところに、医師が微笑みかけてきた。 「さて、心身の不調により来院した患者さんが症状を説明するのと同じです。初恋に囚われて、およそ何年になります」 「丸五年と少し……」 「では、順を追って話してください」  と、白衣をさばいて傾聴する姿勢をとった。  郁斗は詰襟をくつろげると、努めて淡々と語りはじめた。 「想い人──将志(まさし)さんと出逢ったのは十二歳の春。両親の教育方針で全寮制の中間一貫校にぶち込まれる、ちょっと前……」    ***  早春の庭園は萌えいずる気配に満ちて冗舌だ。郁斗が池の(ほとり)にたたずんで枝垂れ桜の蕾を数えていると、木戸が開いた。庭師の親方が会釈をよこし、新顔の青年も倣った。  せがれの将志、と素っ気ない。後日、改めて自己紹介があった。高校を卒業したのを機に父親のもとで植木職人の修業をはじめた身で今後ともよろしく──と。  ともあれ将志が人なつっこい笑顔を向けてきた瞬間、郁斗は被弾したような衝撃を受けて後ろにずれた。その拍子に足をすべらせて池に落ちたはずが、水しぶきは一向にあがらない。素早く抱き取られていたおかげで。 「セーフ、水浴びするにはまだ寒いよな」 「錦鯉と一緒に泳ぐ趣味はありません」  醜態をさらして恥ずかしい。にもまして初めて経験する種類の、胸がざわめく感覚に戸惑う。すっぽりと収まった腕の中でもがき、振りほどくが早いか屋敷に駆け込む。動悸がするのは走ったせいだ、そうに違いない。  夏の休暇が待ち遠しい、永遠に来なければいい。感情の振れ幅が大きい原因と帰省した翌朝、ばったり会った。四阿(あずまや)へ行く途中、将志が雪見灯籠の根元にしゃがんで雑草をむしっているところに来合わせたのだ。陽に灼けて精悍さが増して、職人の卵らしくなったさまが、やけに眩しい。そそくさと(きびす)を返し、だが、にこやかに呼び止められた。 「遠い学校の寄宿生だって? ホームシックにならなかったか」 「勉強に集中できる環境が整っていて快適な毎日でした」  そう、突っ慳貪に答えて灯籠の笠をこする。新米庭師の面影が折に触れて目の前にちらついて英単語を暗記するのに邪魔だった、なんて本音は鎌を突きつけられたって吐くものか。

ともだちにシェアしよう!