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第2話

「ほら、おかえりのプレゼントだ」  と、称するものが差し出された。郁斗は、きょとんと将志を見つめ返した。 「あげるつもりで作った竹とんぼ」  ありがた迷惑と思う心と裏腹、優美な曲線を描くプロペラをうっとりと撫でてしまう。 「玩具で遊んでる暇はないので……飛ばすコツは?」    教え方が丁寧なのも善し悪しだ。マントを羽織った形で真後ろに立たれて、肩越しに腕が伸びてくれば、息を呑む。両の掌で軸を軽く挟むとの説明に従って、ぎくしゃくとそうすると、ひと回り大きな手が重なった。 「棒の先端で板を摩擦して火を熾す要領で推力を高めてやる、簡単だろ」  不快に感じて当然の汗の匂いが馥郁(ふくいく)と薫り、眩暈がする。郁斗はうろたえたぶんもムキになって回転を加え、せーの、の合図で竹とんぼを放った。  思わず歓声をあげた。ハイタッチを求められ、敢えて黙殺する。竹とんぼは軽やかに飛んでいったすえ松の枝に引っかかった。すると将志は有無を言わさず肩車をしてきた。  頭に巻いた手ぬぐいが内腿を掃いて、くすぐったい。いきおい躰が強張り、しかし下ろしてほしいと頼んで、 「高いとこが、おっかないのか」  などと、からかわれたら悔しい。  将志は、こんな反応を示した。もたつくのは手が届かないせいだろう、とばかりに華奢な下肢をぐいと押しあげる。  心の奥にひっそりと眠る、弾き手をえり好みするバイオリンをかき鳴らされた──。そんなイメージが浮かぶと、一秒たりともじっとしていられない。郁斗は松の枝にぶら下がると、ガムシャラに幹を伝い下りた。シャツには鉤裂きができ、ミミズ腫れを派手にこしらえても、痛いと感じる余裕は欠けらもない。 「回収して、あそこに置いとく。気が向いたら取りにきな」  灯籠の火窓を指し示すのを睨み返した。微苦笑でいなされると無性に苛つき、おまけに蝉時雨が嘲笑に変じて耳朶を打つ。 〝お坊ちゃま〟は扱いづらい、と呆れられて二度とかまってもらえないに決まっている。郁斗は牢獄に等しい学校で過ごす間中、夏の一情景を思い返しては苦いため息をついた。  ところが冬の休みには、お手製の竹馬が郁斗の帰りを待っていた。乗れと言うなら乗ってやる、という(てい)で裸足になると、 「気合が入ってるな、補助は任せとけ」  将志はさっそく郁斗の前に竹馬を据えて、竿に手を添えた。  手と手がぶつからないよう注意して竿を握り、横棒に右足を載せたうえで跳びあがるタイミングを計る。励ますようにうなずきかけてこられると頬が紅潮するのは、季節特有の生理的現象によるものだ。そう、こじつけた折も折、ヒヨドリがけたたましく鳴いた。

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