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第3話
ぎょっとしたはずみに左足が地を蹴った。竹馬に〝乗った〟とたん、左右の竿があちらとこちらを向いてふらついたが、すかさず支えてくれたおかげで踏みこたえた。
「運動神経がいいな。得意な科目は体育か」
「朝飯前、というやつです」
と、澄まし返る一方でドキドキして仕方がない。いわば上げ底の効果で目線の高低差が縮まったぶん心の距離まで縮まったような錯覚に陥り、かえってしゃちこばる。
姿勢が安定するのを待って、将志が後ろ向きに歩きだした。郁斗はへっぴり腰で竿を操り、:小道を進んだ。竹馬が霜を砕き、地下足袋から成るやわらかな足音をかき消して、もの悲しく響く。
凛冽な風に印半纏 がはためき、落ち葉が舞い狂う。郁斗は知らず、空中へ羨望の眼差しを向けた。ふた条 の白い息がてんでに棚引いたあとで溶け合うさまへと。
将志が相手をしてくれるからといって、厚意に甘えて仕事に支障をきたす真似をするのは慎むべき。中学生といえども節度はわきまえていて、なのに玉響 の幸福感が薄れるの嫌さに、わざとよろけてみたりもした。
竹馬とひとまとめに抱きかかえられると、しなだれかかっていきたい衝動に駆られる郁斗と、不埒な衝動を嫌悪する郁斗とに人格が分裂するようだ。あんよは上手と囃 され、そっぽを向いても遊び飽きたふりで止まるどころか、石橋を渡って池の向こう側へ、そして庭を一周した。
そのまた次の休みには凧が用意されていた。郁斗が糸を繰り出しながら全力疾走するのに合わせ、将志が風を読んで凧を放す。ぐんぐん揚がるにつれ、淋しさの量がいや増す。
文通してほしいと、ねだっても笑殺されるのがオチ。会えない間の慰めとなるものを得られないまま、再び学校へと旅立つ日がやってきた。
年度替わりの休暇に家に帰ると、籬 を巡らせた一角の土が掘り返されていた。将志が肥料を漉 き込みながら訊いてきた。
「奥さまが花園を愛でたいと仰せだ。種類は任された、なんの花が好きだ」
「花、花……ヒマワリ」
磊落 な笑顔を連想するからと口走る寸前、からくも唇を嚙みしめおおせた。迎えた夏。戯言 を額面通りに受け取った結果、和に徹した庭園のひと隅が金色に輝いていた。郁斗はとりわけ大きなヒマワリと背比べをすると、
「綺麗です、うれしい、ありがとう」
にこりともしないで、だが精いっぱい素直な気持ちを伝えた。庭木との調和を壊した廉 で将志が親方からこっぴどく叱られたことは、のちに知った。
「貧乏くじを引かせて……」
謝罪の言葉は口にチャックをする仕種で遮られた。罪滅ぼしに、採ったものを分けてもらった種を寮の庭に蒔いて次の世代を丹精した。
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