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第4話

 休暇中、世界は薔薇色に染まり、学校に閉じ込められている間は灰色に塗りつぶされる。  寮の堅いベッドに横たわって闇に問う。将志はなぜ親身に接してくれるのだろう。寮生活を強いられている境遇への同情心から? 上得意の息子に取り入っておいて損はないと計算して? 純粋な好意だと信じたい、甘やかな要素が含まれていると嬉しい。  甘やかって、具体的には……?  ひとりっ子にありがちな兄のように慕うのとは別物だと、おぼろげながら理解(わか)っていた。高等部に進んで編入生から恋文を渡されたさい、あかずの扉が開いた気がした。  一目惚れすると同時に恋の虜になっていたのに、ちっとも気づかなかったなんて嗤える。宝物の竹とんぼを握りしめて時を遡ってみれば、このうえなく清らかな恋情を将志に対して、ずっとずっと抱いている。  反面、恋は炎だ。人ひとりを焼き滅ぼす火焔だ。  恋をしていると自覚して進展は望めるのか? 告白すると仮定して、うれし涙を流すところは想像できない。むしろフラれて悲涙に頬を濡らす予感しかしないのに、思いの丈を打ち明ける勇気などない。  以前は終業式を抜け出して駅へ走り、特急列車に飛び乗っていた。現在(いま)は鈍行を乗り継いで故郷へ向かう。  将志が「おかえり」と笑かけてきても、ときめきと切なさをない交ぜに口ごもるばかり。疎まれた、と誤解されたかもしれないと思うと、なおさらよそよそしい態度をとってしまう。  そのくせ生け垣に張った蜘蛛の巣をかき落としたり、花殻を摘み取るさまをこっそり眺めて悩ましい吐息を洩らす。  庭師風情が、と努めてけなす郁斗自身が庭師に恋い焦がれる、その矛盾。  休暇ごとの再会を密かに逢瀬と呼ぶ、その虚しさ。  片思いという荒野をさまよっている間も季節は幾度(いくたび)も移ろい、郁斗は最終学年に進級した。  将志は鋏さばきも鮮やかな、いなせな職人ぶりが板についた。  運命の出逢いから六年目の春、小ぬか雨にけぶる昼時分。郁斗は裏門を通りかったさい、底なし沼にずぶずぶと沈んでいくような光景を目の当たりにした。将志が、同世代の女性から布袋を受け取っていた。女性のおなかは微かに膨らんでいて、残酷なことを告げられる前に退散するのが賢明だが、立ちすくむ。 「紹介するな、俺の嫁さんになる人。弁当を届けにきてくれたんだ」  嫁さん。甘い響きは致死量の猛毒だ──。

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