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最終話
次の日曜の昼下がり。
事の顛末を聞いてもらおうと優弥に近所のカフェに呼び出された水樹は、にへら、という奇妙な表現が似合ってしまいそうな締まりのない優弥の顔を見て、げんなりした様子で溜息を吐くしかなかった。
「…上手くいったようで何よりです…」
迷いに迷って絞り出した言葉はそれ。
しかしそれも、優弥の表情から更に締まりを奪っていった。
「あのねぇ、龍樹くんってばねぇ…」
「いや!いい!聞きたくない!」
「なんで!聞いてよ!」
「どこの世界に双子の弟の夜の生活知りたがる奴がいると思うの!?」
ちょっと小洒落たカフェには似つかわしくないトーンと内容に、水樹は自分で周りの視線が痛くなったらしく、小さくなって手元のアイスコーヒーに口をつけた。
優弥の方は、そんなこと気にもならないほどに周囲に花を散らしている。
そこに丁度運ばれてきた優弥のショートケーキのてっぺんを飾るイチゴを強奪する水樹にこれまたカフェには似つかわしくない大声を上げて、二人は漸く落ち着きを取り戻した。
「…でも、よかった。」
イチゴを飲み込んだ水樹は、独り言に近い呟きを零した。
その瞳の中に慈愛にも取れる深い愛情を感じ取った優弥は、続きを促すように小首を傾げる。水樹はホッとしたようなちょっと困ったような複雑な笑顔を見せた。
「龍樹は、もしかしたら一生誰ともセックスなんてできないかもしれないって思ってたから。」
水樹はそれ以上語らなかったが、察しはついた。
幼い頃に叔父に犯された水樹と、それを目撃した龍樹。兄と叔父の合意でない性行為は、それは深い傷を負わせたに違いない。
それを知っていたのに龍樹とエッチがしたいなんて相談をしてしまった浅はかさに、優弥は恥ずかしくなって口を開いた。けれどなんと謝罪していいのかも分からず、結局言葉を口にすることなくそのまま俯いてしまった。
「…龍樹がちゃんと恋愛して、好きな人とそういうことが出来るって知れて、俺は嬉しいよ。そんな顔しないでよ。」
水樹の表情に嘘はないように思えた。晴れやかで温かくて、弟を心から心配して、そして今心からホッとしている。
優弥が龍樹へ向ける愛情とは違う、血を分けた兄弟への尊い一つの愛がそこにあった。
「ありがとう先生。」
そう言って優弥をおいてカフェを後にした水樹の細い背中も、随分と逞しくなったように見えた。
空になったグラスと、一口だけ残っているショートケーキ。口に放り込むと、生クリームが口の中でしゅわりと蕩けて優弥に細やかな幸せをもたらした。
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