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第10話

ぐっと顔を上げた落合は、少し離れた一点に釘付けになってそのまま思考停止した。 この数日何度も思い出した。 すらりと長い手足に細身の体躯。 真っ黒ではない、きっと柔らかいだろう少し癖のある髪。 「…ったちばなくん!」 落合はそう声を発すると同時に駆け出した。 謝りたい。 今度こそ冷静に。 そう誓って。 そしてその後ろ姿が振り返ってーー落合にはそれがひどくゆっくりに感じたーー再び思考停止した。 「……………あれ?」 彼はこんなにあどけない顔をしていただろうか。 身長ももう少しあった気がする。 確かに細身ではあったが、目の前の人はむしろ華奢だ。 何よりあの蠱惑的なフェロモンは一体どこへ。 「あの…なんですか?」 声も違う。 顔も体型も声も本当によく似ているが、全く違う。 全く違うが、赤の他人にしては似過ぎている。 「たちばな、くん?」 「はい」 「弟さん?」 「は?龍樹がどうかしました?」 この人大丈夫か。 顔がそう言っている。 思いっきり引かれている。 落合は大きな瞳を瞬かせるしかできなかった。 「先生、もしかして龍樹と間違えてません?」 どれ位そうしていたかわからない。 痺れを切らしたのは水樹の方だった。 落合が呼び止めたのは、水樹だったのだ。 「間違えて、る、と思う…」 なんて間抜け。 恥ずかしすぎる。 いくら後ろ姿とはいえ、あんなにも焦がれた相手を間違えるなんて。 落合は羞恥で赤くなったり失態に青くなったり、なんとも器用な真似をしてみせた。 「ごめん…えっと、たちばなくんの弟さん?」 先日の気持ち悪い失言を誠心誠意謝罪して、嫌われてしまっただろう現状をなんとか改善したいと意気込んだ心はすっかり消沈してしまった。 どうして自分はこう空回ってしまうんだろう。

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