9 / 131
第9話
嫌われた。
確実に嫌われた。
落合はガックリと肩を落として職員室を出た。誰が見ても落ち込んでいるのがわかる。
授業がうまくいかなかったのか?
それとも生徒と上手く話が出来ない?
いやいや、誰もが通る道だ!
若い先生はそれだけで好かれるぞ!
同僚の先生方にはもう散々声をかけられた。実際に落合が凹んでいる理由は全くの別物だが。
ーーー就任早々問題起こしたくなかったら、そういうこと言わない方がいいですよ
「はあーあ…涙出てきた…」
自分が教師であること、そして彼が生徒であることは寮でぶつかったあの時からわかっていたし、自分がとんでもない失言をしたのは明白だ。
(なんであんなこと口走っちゃったんだろ)
冷静になると我ながら気持ち悪い。
自分が彼の立場だったら確実に通報する。
考えれば考えるほど自分の愚かさが浮き彫りになって、このまま消えてしまいたい衝動さえ湧いてくる。
ああでも消える前に一目彼に会いたい。
声を聞きたい。
救いようがない。
「たちばなくん…」
下の名前さえも教えてもらえなかった。
知っているのは苗字と、高校特進科の制服だったことだけ。
「たちばなくん」
もう一度だけ呟くと、ほわっと胸の内が温かくなった気がした。
運命の番は唯一無二の存在。
互いに目が合った瞬間に通じ合う魂の番。
都市伝説とも夢物語とも言われるそれを、落合とて信じていたわけではない。
そんなことが本当にあったら素敵だな、程度に思ってはいたが、それだけだ。
それが、あの日に瓦解した。
ドジな癖に横着なところがある落合は、中身が軽くて持ち上げられるからと大きなダンボールを3つも重ねて歩いた結果、ちっとも前が見えずにふらふら廊下を歩いていた。そして前方から来た同じく歩きスマホで不注意だった龍樹と見事に衝突したのだ。
ぶつかった瞬間微かにふわりと漂った龍樹のフェロモンで、もうダメだった。
目が合うまでもない。
この人しかいない。
他は何もいらない。
気がついたら手を取って、運命だ、なんて口走っていた。
我を失っていたとも言えるかもしれない。
(それこそ気持ち悪いかも)
もう考えるのやめよう、と落合は頭を振った。
やめようやめようと思っているのにやめられないから、今日一日塞ぎ込んでいるのだけど。
ともだちにシェアしよう!