26 / 131

第26話

彼のことなど何も知らない。 自分は教師で、彼は生徒だ。 それ以上でもそれ以下でもなく、またそれ以上には決してなってはならない。 確かにあの時運命を感じた。 感じたと思った。 でもそんなのただの勘違いで、本当は単なる一目惚れだったのかもしれない。 本当に運命の番なんてものが存在するのかどうかだってわからないのだ。 まだ高校生の彼を運命なんて不確かなもので縛ってしまうなんて。 そう思うのは、理性。 それでも彼を欲するこれは、本能だ。 まるで自分が2人いるよう。それに抗う術など、落合が知りたいくらいだ。 嫌悪。 恐怖。 拒絶。 ぐったりと便器に凭れて、全く働いていない頭を過るのは、別れ際に見せた龍樹の顔。あらゆる負の感情を綯交ぜにしたような表情だった。 まだ年若いαには、あまりに似つかわしくない。 なにが、彼にあんな顔をさせたのか。 ーーーみずき、 みずき、という名前には覚えがある。 彼とよく似た顔の、けれど彼より随分幼い印象を受けるあの子だ。 そして思い出すのは、あの冷えた瞳。 ニコニコと可愛らしい笑顔を見せてくれていたのに、一瞬で温度を失ったあの瞳だ。 あの瞳を思い出すだけで、発情で火照った身体にゾッと何かが走る。 あの時出会ったあの子と、なにかあったのか。 (たつきくん…) どんな些細なことでも知りたい。 あの苦痛に歪んだ顔を、少しでも和らげてあげたい。 傲慢だとは、わかっているけれど。 (ああどうしよう) ふっつりとそのまま意識を手放す直前に、落合はストンと自分の中の違和感が消え去るのを感じた。 冷静になった頭でもこんなに囚われている。 (俺、たつきくんが、好きだ) 本能で欲しているのは間違いない。 けれどそれ以外の部分も、いつの間にか彼に惹かれていたのだ。

ともだちにシェアしよう!