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第84話

しかしその天使様と2人きりになったところで、落合としては気まずいだけだった。 なんせ想い人の元恋人。 こんなスペックの高い恋人を持っていたのに、事故とは言え別れを余儀なくされて、しかもその後釜は自分のようなちんちくりん。 (あ、なんか凹んできた…) はは、と乾いた笑いが漏れて、遠い目で双子の去った廊下を見て。 そしてふと思い出した。 『いまいち何考えてるかわからない奴ですからね、何か考えがあるんだとは思いますけど』 一応新米とはいえ、教師だ。 全くなんの関係もないとはいえ。 けれど、なんの関係もないからこそ話しやすいこともあるんじゃないかとも思う。 落合はひっそり拳を握って妙な使命感に燃えると、意を決してその美しい御顔を見上げた。 「みっあ、あのっみみっ水無瀬くんはさ!」 「はい?」 盛大に吃ったことを突っ込んでこないだけでものすごく優しく感じた。龍樹なら確実に冷めた目で見られた。 もしくは笑われた。 「その、なんで大学行かないのかなって…」 ぽそぽそと小さく情けないその問いをどう思ったかはわからない。 その透き通った瞳はとても綺麗だけれど、どうにも感情の起伏が薄いように感じた。聡いわけでも人の感情に敏感なわけでもない落合は、それがひどく恐ろしかった。 んー、と、考えるような声を聞きながら。ああ俺もしかしたらこの子ものすごく苦手かも、と。 「あの、無理に行けって言うつもりはないけど…大学楽しいよ?そりゃ卒業のために取るような講義もあるけど、基本はやりたいことを思いっきり…」 「行かないんじゃなくて行けないんですよね、僕」 「…え?」 聞こえた言葉が信じられなくて、ぽかんと見上げてしまった。にっこり微笑んだ水無瀬はとても美しい。驚きと感嘆で二重に惚けてしまいそうだった。 いや、惚けている場合じゃなくて。 「行けないって、なんで…そんなに頭良いのに…」 「頭だけじゃ大学は行けないんですよ、先生」 水無瀬の言葉に確信的なことは一つもない。落合はなにを言いたいのかさっぱりわからず、ただただそのガラス玉のような読めない瞳を見返すしかなかった。

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