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第83話

「水無瀬くんって…なんか不思議な人だね」 ポツリとそう言った落合を、龍樹はキョトンとした顔で見つめた。 その顔初めて見たかも、と少しだけ嬉しくなる。普段の仏頂面が随分と幼く可愛らしくなった。 「まぁ、あんな見た目の割にフランクですよね」 「うん…」 水無瀬 唯。 就任してまだ数ヶ月だが、その短い間に随分といろんな噂を耳にした。 容姿端麗頭脳明晰運動神経抜群。 そんな漢字がズラズラ並ぶ人物が実際にいるのかと思ったが、実際彼はとても美しかったし、勉学に関しては全国トップレベル、運動神経も良かった。 加えて言えば、ここ何年も使われなかった特別奨学生枠の生徒らしい。 なにより一番驚いたのは、本当は人間じゃなくて宗教画から出てきた天使なんだとか。そんなバカなと思ったのだ。 けれど、彼に関してはなにより気になることがある。 それは勿論、龍樹が過去に彼と付き合っていたという事実のこと。それがどうして水樹の番に。その時の龍樹の気持ちは。 今はどう思っているのか。 「…なんかまた考え込んでます?」 よく通る声に、混濁した思考がハッとクリアになった。 またこの視線。 落合が一番好きで、一番苦手な視線だ。言葉も笑顔も必要ない。柔らかで優しいその視線一つで絆される。 絆されるから、その時その時の胸のつかえが取れないまま蓄積されるのだ。 「…あんなに頭良いのに大学行かないって、なんでだろうって」 「さぁ…何考えてるかいまいちわからない奴ですからね。何か考えがあるんだとは思いますけど」 龍樹はそれだけ言うと、少し視線を下に落とした。それを寂しそう、と思ったのは間違いだろうか。 「ほら、早く脱いで」 「えっ!?」 「自分で着れないんでしょう」 「あ…はい…お願いします…」 脱いでという言葉に邪なことを考えたのは自分だけだった。恥ずかしい。 目の前で脱ぐのも恥ずかしい。いそいそと後ろを向いて小さくなりながら脱いだが、ちらりと様子を伺ったら龍樹は平然としていたので余計恥ずかしくなった。 下着一枚になって浴衣を手渡すと、それを広げて袖を通してくれた龍樹はその場に膝をついた。 その光景に、落合は思わずドキッとした。

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