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プロローグ 1

 人生ってホントわからないもんだ、と最近つくづく思う。  大学生になり、この極寒の地であるX県で一人暮らしをはじめて、はや半年あまり。暦の上ではまだ秋だというのに日を追うにつれ気温は容赦なくガンガン低下してゆき、人一倍寒がりな俺としては戦々恐々とするばかりだ。  まだ受験生だった頃の自分に今の俺がどうなっているか教えたとしても、きっと何一つ信じやしないだろう。というか、いまだに自分自身、一体どの時点でボタンを掛け違ってこうなってしまったのかよく飲み込めていない。  俺は進学を機に上京するつもりじゃなかったのか。そうでなくても、気候が温暖で過ごしやすくそれでいて地元よりは幾分か都会な街の大学に滑り込み、テキトーにバイトでもしてオサレで気楽な一人暮らしをエンジョイするはずだったのでは。  不意に冷たい風が吹き抜けて、俺は公園のベンチに一人座ったまま、思わずぶるりと身を震わせた。脇に置いている鞄を体の方へ引き寄せたついでに携帯をちらりと確認するが、待ち合わせている相手からの連絡はない。  というか、さっきから東京とか都会とか言っているが、決して今住んでいるこの街が田舎だと愚痴っている訳では無い。むしろ、元いたY県奥地のド田舎よりここの方がよっぽど都会的である。人通りが盛んで、地元じゃ見たことないような高層ビルもバンバン建っているし、なにしろコンビニの数が桁違いだ。下宿から歩いて五分圏内に三軒もコンビニがある(それも全部店の種類が違い、うち一つとは初遭遇)と知った時などは、驚きと感動を禁じえなかったものだ。いや、それにしたって、 「寒いのだけはカンベンって思ってたはずなんだけど……」  口の中でぶつぶつと呟き天を仰ぐと、はるか上方から見下ろす視線と目が合った。 「うわっ!!」  俺が反射的に腰を浮かしてその場を飛びのくと、何時の間にやら俺の背後に忍び寄っていたらしきソイツは、してやったりという笑みを浮かべる。 「こんくらいでビビってんじゃねーぜ、洋介。つか、動物的直感てのが足りねーんだよ、お前にゃ」  そして、奴は小憎らしい口調でそう言いながらぐるりとベンチを回り込むと、俺の隣にどっかりと腰を下ろした。 「いや、普通にビビるって……だって、」 「だって?」 「何でもない」  デカいし、コワいし、イカついし。俺は、つい口に出しかけた言葉を間一髪で飲み込んだ。何故って、彼の容姿を余すところなく的確に表現するそれらの言葉が、同時に奴のハートをひどく傷つけるいわば禁句だからである。  身長百八十はゆうに超える巨躯に、一体どこで購入しているのか謎なオラついたジャージ(寒そう)。髪型はワイルドなオールバックで、秀でた額にムダに鋭い眼光。その上、眉の上部からこめかみにかけて小さな古傷が走っている。どこからどう見たってソッチの世界の人だが、驚いたことに彼は俺と同じ大学に通う至ってマジメな大学生(本人談)なのである。  窪田鉄生。それが俺の傍らに座る更生済み(推定)の元ヤン(疑惑)男の名前だ。ちなみに、さきほどから俺がこの公園で肌寒さに身を震わせていたのは、ここでコイツと待ち合わせをしていたからである。  ちなみに俺は見た目も中身も相当に根暗くさい薄っすらオタ風味(実際にはオタ趣味はほとんど無いが信じてもらえたことは一度たりとも無い)の香る文系もやしっ子であり、鉄生と二人で並んでいると凸凹コンビ感(もしくは食物連鎖感)がハンパ無いということを付け加えておく。 「あ、そーだ」  はたと思い至って、俺は鞄の中身をごそごそと探った。そういえば、俺には鉄生に渡さねばならないものがあったのだ。一つは先週に彼が風邪で休んだ講義のノートのコピー。 「コレ、大学で渡しそびれた奴。今渡さなきゃまた忘れちゃうと思って……あとコレ」  そしてもう一つは、ジュースのオマケのボトルキャップだ。例の、キャップの上にちゃちいフィギュアが乗っかっているようなアレである。ちなみに、今回渡したのは小さなスノードーム(プラスチック)の中に超小さなキャラクターが入っているタイプのもので、俺としては少々季節を先取りしすぎているように感じてしょうがないのだが……。 「おー、サンキュ……って、ええ、マジに貰っていいのかよ!?」  ほんのついでの気持ちでコピー用紙の上にボトルキャップを乗せた途端、鉄生の目の色が変わった。 「あ、うん。前、集めてるって言ってたじゃん」 「おっしゃああぁ! 全部揃ったああぁッ!!」  鉄生は大げさな仕草でスノードームつきのキャップを陽の光に翳し、様々な角度から矯めつ眇めつして後、くるりと一回転するとガッツポーズをぶち上げた。そんな彼の様子を、俺はただただ微笑ましく見守るばかりだ。  彼と居ると、時たまこのようにインドア派とアウトドア派のどうしようもないテンション差みたいなものを感じることがあるのだが、最近はそれも悪くないと思えるようになってきた。 「愛してるぜ! 洋介!!」  事あるごとに言うその台詞にコミュ障な俺は毎度反応に困るのだが、それにしても屈託のない鉄生の姿を目の当たりにするたびに、  ――見ろよアイツの瞳。まるで少年みてぇに輝いているじゃねえか。  と、まあ、そんな感じで心の洗われるような気分になるからである。  それはさておき、そろそろマジで寒くなってきた。 「んじゃ、もう行く?」 「おう!」  俺が尋ねると、鉄生は上機嫌で頷いて見せる。ボトルキャップすげーな。  そして、俺たちは二人ほぼ同時にベンチから立ち上がった。今日は、奴たっての頼みで買い物に付き合うことになっているのだ。  と、 「でもよー、こんな所で待ってちゃさすがに冷えたろ。別に、どっか店の中で待ってりゃ良かったのに」  横目でこちらに視線をちらりと寄越し、少し呆れたような口調で鉄生が言った。 「うん……今度からそうする」  俺は素直にそう答え、鼻をすすった。  余談ではあるが、この公園は大学からもほどほどに近く、駅に行くにもショッピングモールに行くにも便利な場所に位置しており、以前から格好の待ち合わせ場所として利用していた。で、たまたま今日は補講の関係で俺と鉄生の帰りの時間が揃わなかったわけだが、格好をつけた俺が「じゃ、放課後いつもの場所で」などと勝手に待ち合わせ場所に指定してしまったのが悪かった。生粋のジモティーである鉄生が折角「あの公園? さすがにそろそろ寒くねーか」なんて忠告してくれていたというのに……。  最近の気候の変化はきちんと把握していたつもりで、それでもほんの数十分待つだけなら余裕だろうとタカをくくっていた俺が甘かった。でも一度言ってみたかったんだもん。「いつもの場所で」って。だってなんかいかにもリア充って感じしない? ……しないか……。 「何一人でぶつぶつ言ってんだよ。風邪でもひいたか?」  どうでもいいことが切欠で思考が脱線を初め、挙句音量ゼロの独り言をはじめてしまうのが俺の悪い癖だ。いかにも根暗ここに極まれり、といった感じで正直自分でもだいぶキモいと思う。  しかし、俺の顔をまじまじと見つめる鉄生の表情からは、そういった負の感情は全く感じられない。多分コイツはマジで俺が風邪で調子を崩したかどうか心配しているのだ。……裏表があまり無いところが彼の良いところだと思う。割と本気で。 「別に何でもないって」 「ホントかぁ? あ、そーだ。何か先にあったかいモンでも食ってく? 俺も腹減ってるし」 「あ……それは有難いかも。何にする?」 「じゃあうどんでも」 「駅前の?」 「おう」 「やったぁ、美味いよねあの店の――」  そんな他愛の無い会話を交わしながら、俺達は初冬の公園を後にした。  ふと、思った。先ほど自分は『人生ってわからない』などと一人黄昏ていたが、よくよく考えれば“俺と鉄生が友達である”ということこそが、その最たる例だったかもしれない。

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