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プロローグ 2
不良、ヤンキー、暴走族。新天地で心機一転、新たに人間関係を築いてゆくにあたって、俺が最も警戒したのがそういう人種である。その肩書きに「元」がつこうがつかまいが関係無い。ちょっとでもソレっぽい雰囲気を醸し出す人間とは関わり合いになるまい、とかつての俺は固く心に決めていた。
そもそも俺は知性派かつローテンションなインドア人間であるため、ああいった無駄にアクティブなノリで血気盛んな輩とはどう頑張ったって仲良くやっていけない……というか下手をすれば友達という名のエジキとかカモといった搾取対象に認定されかねないことは、過去の苦い経験から重々分かっていた。
……まあ、正直に言うと中~高校時代にちょっぴり色々あったため、ソッチ方面の人間に対して俺は完全に心を閉ざしていたわけだ。
だから、鉄生とのファーストコンタクト時などは、内心冷や汗が止まらなかったのを覚えている。
俺が彼と知り合ったのは、大学の講義が本格的に始まる前のオリエンテーション期間中のことだ。
たくさんの初々しい新入生の群れの中に一人明らかにヤバそうな奴がいることには、入学式の時点で薄々感づいてはいた。
大学という場にはお世辞にもそぐわない、黒地に金の派手な柄の入ったジャージっぽい上下を身に纏った、他より頭一つ背の高い大男。そいつが大量の資料を不器用そうに小脇に抱え、構内図のプリントと睨めっこをしながらしきりに首を傾げている。
頻繁にある教室移動のたびに彼のそのような姿が見られたが、ただでさえ怖そうな上、若干挙動不審気味なヤンキー男に声をかける者は俺含め皆無だった。
その時点での鉄生は、俺にとって正に剥き出しの見えた地雷といえた。あからさますぎて逆に安心感すらあったほどだ。
――うん、少なくともアレと進んで係わりあいになることは今後絶対にないだろうなぁ、などと頭から思い込んでいたのだが……移動がてら自販機で飲み物を購入中に、背中をちょいちょいと軽く突っつかれ、何事かと振り向いた瞬間に満面の笑みを浮かべたソイツが至近距離に居たときの俺の心境を簡潔に述べよ。答えは三文字で事足りる。“修羅場”だ。
「悪ぃ、ちょっと聞くけどJ館ってアレ? ……だよな?」
言って、自信なさげな所作で建物を指差す。それが正しかったなら、適当に「ハイそうですよ」とだけ返せば良かったのだろうが、生憎と彼が指し示しているのはJ館ではなく向かいのK館だった。
一瞬思考が停止し、その後俺が発した言葉は以下の通りである。
「あっ、J館ならそっちの棟みたいですよ! ほら、プリントの地図がちょっと紛らわしいけど、あそこのプレートにKってあるでしょ。というか自分もこれから回る予定なんで良ければ一緒に……っていうか今聞かれなかったら俺もうっかりK館の方に行っちゃってたかも! な~んてあははっ(早口)」
長年培われた習性とは、げに恐ろしいものだ。完全なる接待モードを発動した俺は、気付けば鉄生と仲良くJ館で健康診断を受けていた。
緊張のあまり血圧を測る機械で何度も測定不能のエラーを叩き出して担当の人を困惑させつつ、俺は自分の楽しい大学生活が早くも終了したことを確信していた。
――ああ、こりゃあ完全に目をつけられてしまいましたなあ。きっとこれから俺はこのただごとじゃない風体のDQNに顎で使われて四年間を過ごすんだ。父さん母さん、俺こっちに来てもやっぱりダメだったよ……。
そんな風に打ちひしがれていたのも、ほんのつかの間の話だ。
結果からいうと、鉄生はフツーにいいヤツだった。それも、俺がこれまで漫画やドラマ等フィクションの世界の中にしか存在しないと信じ、その存在を頑なに否定し続けていた「情に厚くて優しい不良」そのものだったのである(本人はことあるごとに“元”と強調するが)。
威圧的でない、大声で脅さない、暴力を振るうなんてもってのほか、勿論金銭を集るなんて有り得ない。……俺にとってはとんだカルチャーショックだった。
明るく気さくで面倒見がよく、たまにちらっと「昔の面影」らしきモノが垣間見えることが無くもないが、基本的に素直で人畜無害。で、意外にナイーヴ。その上、目指している職業は教師ときたもんだ。一時など俺は、彼を外見で判断して怯えたことを夜毎思い出してはマジの罪悪感と自己嫌悪に苛まれていたほどである。
鉄生は生来の人懐っこさもあってか瞬く間に大学の空気に馴染み、仲間内での「頼れる兄貴」的なポジションに収まることとなった。入学式の時点ではあんなにも周囲から敬遠されていたというのに、物すごい巻き返しである。
というか、むしろ俺の方が大学に慣れるのに苦労してしまい、鉄生に人の輪の中に引っ張って行って貰わなければ今頃ぼっちだった可能性が限りなく高い。そういう意味でも、俺は入学早々に彼と知り合えてラッキーだったのかもしれない。
さもなきゃ、新歓コンパの段階で心が折れていただろう。暗黒の高校生活を引きずったテンションのまま、新生活に胸を膨らませるリア充共ひしめく浮かれまくった雰囲気のコンパの場での自己紹介(全員強制参加)……想像するだに恐ろしい。
そういえば、鉄生から初「愛してる」を頂いたのは、あのコンパがあった次の日のことだったか。
コンパの直前、鉄生からアルコールがあまり得意でない(!)旨の相談を受けていた俺は、恩返しの気持ちも兼ねて彼に勧められる酒のほとんどを肩代わりして飲みまくった。よくよく考えれば、自分も酒には決して強くないというのに……。
結果、俺が代わりきれなかった分の酒を飲んだ鉄生と共にべろんべろんに酔っ払い、気づけば二人そろってバス停のベンチに座り込んで酔いつぶれることに。
その後、先に正気に戻った俺が鉄生を背負って(超重かった)どうにか自宅に連れ帰り、そのまま雑魚寝。翌日、死にそうな顔をしている鉄生に水を差しだしたところ、彼が口にしたのが例の
「愛してる」
……である。
その時の俺は今の俺に輪をかけて口下手だったため、ああとかうんとか言って適当に流してしまったが……。
――今もたまに、こんな風に思うことがある。
例えば、あの時に俺が自販機で飲み物を買っていなかったら? 鉄生に話しかけられた時、相手にせずに逃げ出していたら? きっと、俺はその後も鉄生のことを警戒して避け続けていただろう(そしてぼっち街道を突き進んでいたことだろう)。
そんな、「フツーにしていたら知り合うことすら無かった」であろう彼が、今や一番親しく遊ぶ、いわば親友になっている。
……改めて言うが、本当にわからないものだ。人生って。
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