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軽い食事を終えた俺と鉄生は、その足で駅前にあるファッションビルへと向かった。
目的は、そこの一フロアにある値段・質・オシャレ度どれをとっても平均的なことが売りの洋服屋である。というのも、そもそも今日二人で待ち合わせて出かけた理由が鉄生の「一緒に服を選んで欲しい」という一言だったからだ。どうやら、前々からもう少しマジメっぽくイメチェンしようと機を伺っていたらしい。
先に言っておくが、俺だって特に服装のセンスに自信がある方ではない。勿論、鉄生にもあらかじめその旨は伝えてある。「なんか洋介のチョイスなら、うまいことオレの雰囲気を中和できそうな気がするんだよな」とは、その時の鉄生の談である。
それが具体的にどういった意味なのかはさて置き、早速適当に見繕った数着の服と共に鉄生を試着室に送り込んだのだが……この男、びっくりするほど普通の服が似合わない。
こう、どうやったって服に着られてしまうというか、何か首から上が雑にコラージュされた画像を彷彿とさせるような仕上がりになるのだ。ガタイがしっかりしているだけに、俺が普段着るような地味且つ無味無臭な服でも鉄生が着るとキマって見えるのでは、などと想像していのでこの結果は予想外のものだった。
「どうしよう。オレ、泣きそうなんだけど」
試着室のカーテンから顔だけ出した状態で、生気の無い表情の鉄生がこちらを見る。既に万策尽きた俺が先ほど彼に手渡したのは、小鹿が可愛いノルディック柄のニットだ。ひょっとするとこういうのが案外似合うかもと思っての賭けだったが、どうやらアテは外れたらしい。
「ごめん……さすがにそれは冒険しすぎだったかもしれな」
「やっぱジャージ着続けるしかねーのかなぁ、オレ……」
俺が最後まで言い終わるよりも早く、鉄生は力ない呟きを残してカーテンの向こうへと引っ込んでしまう。どっと罪悪感がこみ上げた。何しろ、俺もその時ほとんど同じことを考えていたからだ。
――ひょっとすると、鉄生にはあの妖しいジャージが超絶似合いすぎていて、だからこそソレ以外を着せると見劣りしてしまうのでは? ならば、彼に普通の服を着せるという発想自体が既に間違いだったのではなかろうか……?
ともすれば、またも出口の無い思考の迷路にはまり込んでしまいそうだった俺は、しかし既の所で踏みとどまった。
残念ながら、俺の乏しいセンスでは鉄生の役に立つことができなかった。それは潔く認めよう。
よろしい。ならば、こんな時にこそプロに頼ろうじゃないか。
「あ、すいません店員さん」
思いつくと同時に、俺は近くを通りかかった店員のお兄さんに素早く声をかけていた。何よりも、鉄生をあの紫や黒及びヒョウ柄のジャージから解放してやりたいという使命感がそうさせたのだ。
「へ? 何? 洋介何してんの??」
試着室の中から鉄生のうろたえる声が聞こえるが、この際少々恥ずかしいことくらいガマンしてもらおう。聞くは一時の恥じ、聞かぬは一生の恥というし。
「この中に居る彼なんですが、何か一通り服を揃えたいんで少しアドバイスを貰えませんか」
「え、ええ、まぁ構いませんが」
既に何かの気配を察知した様子の店員さんが、神妙な表情で頷く。中でもベテランぽくてオシャレ度の高そうな人を選んで声をかけたかいがあったというものだ。
「よろしくお願いします」
「は? 洋介? ちょ、おい、何勝手なことしてくれてんの!?」
「お客様、カーテンの方少し開けさせてもらってよろしいでしょうか」
試着室のカーテンに店員のお兄さん(髪型はアルパカ似)の手がかかる。そして、俺達の長い戦いが幕を開けた――。
「お客様ワイルドな感じでいらっしゃいますので、カーキグリーンですとか」
「シャツはシンプルなものほど応用が……着崩すとほどよくルーズな雰囲気に……」
「最近の流行は足元がしっかりめで……ウェザリング加工が……」
「首元にこういった光物を少しプラスするだけでぐっと全体が引き締まって見えるかと」
「それでしたら、穏やかなイメージのブラウンと合わせては……」
「こちらのパンツなどは、季節問わずもう通年いつでも穿いていただけますが」
「靴下で差し色を意識して……」
「伊達メガネなどで知的なイメージを……あっ、そちらのサングラスよくお似合いですね」
「いっそ思い切ってミリタリーな感じに仕上げたら全体的に違和感無く……」
小一時間後、ブティック特有の薄ら明るい試着室の中に死んだ目をしたベテラン傭兵が誕生し、(店員のお兄さん含め)俺達は揃って頭を抱えた。
「うん……なんか、シャツとズボンは気にいったから買うわ……あと靴下。このドッグタグとかサングラスとかはなんていうか……もう……」
「鉄生、正直凄くかっこいいよ、こう、男として憧れる感じは確かにあるんだけど……」
「お力になれず済みません……僕にはこれが限界でした……」
手早く元の格好に着替えなおした鉄生から商品のシャツとズボンを受け取ると、店員のお兄さんは「それじゃあ、これお包みしますね」とか何とか言いつつそそくさとレジの方へ去っていった。
「じゃ、オレ金払ってくるわ」
そう言って、鉄生も後に続く。俺は特に何かを買う用事もないので、適当に店内をフラフラして待っていることにした。
……それにしても、いつものジャージ姿に戻った鉄生を見たときの安心感は正に実家に帰ってきたかのようであった。結局俺のチョイスでは、あれらのジャージを超えることができなかったのである。
若干の敗北感に浸っていると、ちらりと目の端に留まったものがあった。と、いっても別段変わった代物ではない。
何の変哲も無いグレーを基調とした男物のマフラーだ。触ってみると見た目よりも柔らかく、かなり温かそうだ。
この先どんどん寒くなるだろうし、これだったらジャージの上から着けても違和感がなさそうに思えた。
折角頼ってくれたのに力になれなかったせめてもの罪滅ぼしとして、俺はこのマフラーを鉄生に献上することにした。気を使わせるような値段でもないし、多分軽い気持ちで貰ってくれるだろう。
レジにいる鉄生を見ると、どうやら店員の勧めでポイントカードを作っているようだ。その作業が終わらないうちに、俺はマフラーを片手に離れたレジへ密かに並んだ。
服屋にてそれぞれの会計を終えた後、俺達はごっそりと消耗した体力を回復するためにファーストフード店でハンバーガーを貪り食い、行き場の無い鬱憤を晴らすが如くゲームコーナーで散財。駅ビルから出た頃にはとっぷりと日も暮れていた。
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