24 / 26

愛されΩは幸せです

 これは、初めての発情期を終えた新妻、秋の羞恥に悶絶する様子を綴った『溺愛αは~』の前日譚である。   ******  は… 恥ずかしい……。  初めての発情期を迎えて、僕は名実共に双葉さんと夫婦になった。  発情期って……、あんなに激しいものだったんだ。身体中、どこもかしこも熱くて、少し触れられるだけでもビリビリと電気が走るほど敏感になった。何となく想像はしてたけど、斜め上どころか天井を突き破るほどの衝撃だった。  あ…あんな、あんなになってしまうなんて、欲しがりにも程があるよっ!?  双葉さん、呆れてないかな? 僕の事、凄くエッチな子だと思ったかな? や…、やだなぁ、恥ずかしいよぉ…。 「ーーー…秋?」 「ひゃ、 ひゃいっ!」  コンコンとドアをノックして双葉さんが僕の部屋に入って来た。ベッドの中で動けない僕を見て、ちょっと困ったような顔をしてる。それを確かめて、僕は布団で顔を隠した。  僕だって困ってる…。全部じゃないけど、ところどころ記憶に残ってるのだ。自分がとんでもなくいやらしくて恥ずかしい事を、言ったりやったりされたりしたか。一生分の恥を曝け出してしまったんじゃないかな…。どんな顔していたらいいのかわからないよ。  ほんのちょっぴり照れくさい、なんて可愛らしいもんじゃないよ。世の中の夫婦ってこういう時、みんなどうしてるんだろう? 「あー……秋。 その…、大丈夫かい?」 「だっ、大丈夫ですよ! 双葉さんこそ、お仕事、お休みしてよかったんですか?」  本当は今日から出勤予定だった双葉さんは、僕があまりにも動けなさ過ぎて歩く事も儘ならないせいで、もう一日お休みを延ばしてくれたのだ。  これも恥ずかしさの上乗せをしてる。こんなになるまで営んでしまったなんて、何ていうか……、や、やりすぎ…って事なのでは…。  ううぅ……。もう、本当に恥ずかしいしか出てこない。 「仕事の事なら、秋は心配しなくていいよ。 それよりお腹は空いてない? 何か持って来ようか」 「い、いいえっ! あの、本当に大丈夫ですからっ。 お…お構いなく……」  あー…情けない。  布団を目許まで被ったまま、双葉さんの顔も見られない。朝からずっとこんな調子で本当にごめんなさい、双葉さん。 「秋…。 そろそろ顔くらい、見せてはくれないかな」 「えっ、あ…あの。 ……ごめんなさい、もう少し落ち着いたらでも、いいですか?」 「ーーー…そう、か。 わかった。じゃあ、何かあったらすぐに呼んで?」 「はぃ……。 わかりました」  ふわっと、大きな手が頭を撫でてくれた。それだけで僕の胸はきゅうぅ、と苦しくなる。触れられるのは嬉しい。本当はもっと撫でて欲しい。だけどその手はすぐに離れてしまった。    ーーー 本当は…。  本当は無理矢理、布団を剥いで貰いたいんだ。恥ずかしさで隠れてしまって、どう顔を出したらいいのかわからなくなっちゃったから。ちょっと強引にでも目を合わさせてくれないかな…、とか考えている。  僕…ズルいよな。優しい双葉さんが、そんな事するはずない。わかってる。わかってるんだけど、今日だけはちょっとだけ意地悪されたいな。   「じゃあ…、また後で、様子を見に来るよ」 「……はぃ」  パタンとドアの閉まる音。  ほら…、ね。 双葉さんは紳士だから、僕が放っておいてと言えば、そっとしておいてくれる。もう少し待ってと言えば、いつまでも待っててくれる。  ………でも。  たまには『イヤ』の裏側にも気付いてはくれないだろうか。嫌だけど嫌じゃない『イヤ』に隠した本音のところ。  …なんてね。   あーあ…。今日の僕はなんて我儘なんだろう。初めての発情期を双葉さんにたくさん愛されて、贅沢になっちゃったのかな。 「双葉さん…」  少し悲しくて、とても情けなくて、双葉さんに申し訳ない気持ちだ。  我儘で自分勝手な僕を、どうか双葉さんが嫌いになりませんように…。  そうやって自己嫌悪に落ち込んでいるうちに、気付けば少し眠っていた。  何だかふわふわする。  まるで羽根が生えて空を飛んでいるみたい。  は…、として目が覚めた。 「やぁ、秋。 気分はどうかな?」 「ふ…双葉さん!? ーーー…え? 」  あ、あれ、あれあれ? 僕…どうしちゃったんだ? なんでここ…、双葉さん? え?  気付くと僕はリビングのソファの上で、双葉さんに抱えられていた。ブランケットに包まれて横抱きにされ、双葉さんの広い胸に凭れた格好で目を覚ましたのだ。 「あの、あのっ。僕はどうして…、双葉さん? …えっと、え…、?」 「ごめんよ。 水沢さんが掃除をしたいそうだ。気持ち良さそうに眠っていたから、起こすのも可哀想だと思ってこうして抱えて来たけど、結局起こしてしまったな」  水沢さん…? あ、家政婦の水沢さん、今日からまた来てくれたんだ。  そ…っか。掃除か…。  ーーー…ん? 掃除……… 「? どうした、秋」  掃除、と聞いて思い出してしまった。夫婦の営み…、いや、番の営みの痕跡が、第三者の目に触れてしまった!   僕は恥ずかしさと居た堪れなさにふるふると身体を震わせ、双葉さんの胸に顔を埋めて隠れた。僕がこんな体たらくじゃなければ、せめて汚れたシーツの交換くらいは出来たはずなのにっ。 「もしかして…、秋は恥ずかしいのか?」  双葉さんにそう聞かれ、僕は必死で頷いた。  双葉さんはどうして平気なんですか?僕は恥ずかしさで、今にも消えてしまいたいと思うほどなのに。 「秋、すまない。秋の気持ちを、もう少し考えてあげられたら良かったな。そうか、どうも俺は、人に世話される事に慣れすぎていたようだ。秋に恥をかかせるような真似をしてしまったんだな。次からは、寝室の後始末くらい俺がやろう。それで許してはくれないか?」  ああ…。僕は馬鹿だ。双葉さんにそんな事を言わせてしまうなんて。なんて駄目な奥さんなんだろう。  中条家という立派な家柄のご子息である双葉さんは、そりゃ幼い頃から身の回りのお世話を使用人に任せるのは当然なのだ。これは僕の方が慣れていかなければいけない事。それなのに、遠回しに責めるような態度を取ってしまった。恥ずかしがってる場合じゃない。大体、ベッドの後始末を双葉さんにさせるなんて、そんなの絶対駄目だ。 「ごめんなさい、双葉さん。僕…、次の発情期は薬をちゃんと飲みます。そしたら少しはその…、き、気分も落ち着くだろうし、こんなになるまで…、えっと、い…営む事も、ないと思うのでっ、…って、あの、営みが嫌なのではなくてっ、その、だ…だから、」  ああ…っ、もうっ。何を言ってるんだ、僕はっ! 「ふ…っ、夫婦の営みの後始末はっ、僕が」 「秋、秋っ。 少し落ち着いて。大丈夫だよ、俺達は夫婦だろう? それに番なんだよ。生殖行為は恥ずかしいことじゃない。それに秋の身体が思うように動けないのは、俺の責任だから…」 「い、いいえっ! これは僕の責任ですっ! もっと貞淑な奥さんになりますから! あ、あの、だから双葉さん、僕の事、き……嫌わないで、くださいぃ」 「秋!?」  うぅ…。  もうっ、情けない。  泣き言を絞り出すような声で言ってしまった。双葉さん呆れちゃったかな? 呆れちゃったよね?  「あらあら、秋さんたら。そんな弱気な事を仰ってどうされたんですか。番ご夫夫の寝室など、私は何度も目にしてますから、お気になさらずともいいんですよ」  クスクスと水沢さんが小さく笑いながら掃除を終えた部屋から顔を出した。  ううぅ…。わかってます。わかってはいます。でも恥ずかしいものは恥ずかしいのです! 「それにこうした後始末をさせて頂く事は、家政婦としては誇りに値する名誉な事なんです」  羞恥に身を焼かれる思いでひたすらに顔を隠したままぷるぷるしている僕の耳に、思いも依らない言葉が聞こえた。 「名、誉………?」 「はい。 信頼を頂いてるという、立派な証ですもの。これに優るものはありません」  埋めた双葉さんの胸からコソッと水沢さんを伺うと、いつも通りの優しい微笑みを浮かべてくれた。 「お使えする主ご夫夫が、仲睦まじくお過ごしなのも、家政婦の喜びの一つですよ」  そう……いうもの、ですか? 本当に?  水沢さんのその言葉にチラッと双葉さんへと視線を向けると、紅茶色の甘い瞳が優しく愛おしそうに僕を見つめている。 「双葉さん……。僕達は、仲良しの夫婦に成れましたか?」 「秋はどう思う? 俺としては、結婚してからずっと、仲良くしていたつもりだったけど。秋は違った?」  きゅううぅ……と、締め付けられるような甘い痛みが胸に湧き起こる。  あぁ…、僕、今嬉しいんだ。誤解も勘違いもたくさんあったけど、双葉さんの大きな愛情にこうして包まれた今。僕はとても幸せだもの。 「ううん。違いません! これからも、ずっと、ずーっと。仲良くしてください、ね」 「ああ、勿論だ。我が家の家政婦が誇れるような番でいよう」 「………っ!! はぃ、……はい!」    僕はまた双葉さんの胸に顔を埋めた。  嬉しくて幸せで、何だか涙が溢れてしまったから。    双葉さんはそんな僕の涙が止まるまで、大きくて温かい手で優しく髪を撫でてくれた。  水沢さんはそんな僕達を「まぁまぁ」と、コロコロ笑いながらせっせと家事を熟してくれた。   「それでは、また明後日来ますね」  水沢さんはしっかりと夕飯の支度までしてから帰って行った。  あの後僕は双葉さんに付き添われ、中条家の懇意にしている九条総合病院へと連れて行かれた。  念の為にと、項の傷跡に消毒と大きなガーゼを当てられて処置をしてもらい、もしも今回の営みで妊娠してたらの説明を受けた。  担当してくれた医師から『おめでとうございます』なんて言われて、また少し恥ずかしくなってしまったけど、双葉さんが嬉しそうに『ありがとう』って応えているのを見たら、恥ずかしさより誇らしさを感じたんだ。  水沢さんの言っていた“名誉”という言葉がぽっと頭に浮かんで、何だか擽ったい気持ちになった。  僕って案外、単純で現金なんだなぁ。  それに……。今朝はあんなに恥ずかしくて顔も見られなかったのに、今はちょっとでも気を抜くとぽーっと双葉さんを見つめてしまう。  僕の旦那様…。かっこいいな。素敵だな。  自然と頬が緩んでしまうのです。 「秋……。その、そんなに見られると、さすがに俺も照れるんだが……」 「っっ!! ご、ごめんなさ…ぃ……」  ちょっぴり困ったように双葉さんにそう言われ慌てて視線を落とした。………けど。  そ、そっか。双葉さんも照れたりするんだ。  そう思ったらムクムクと好奇心が沸き起こり、チラッとまたまた双葉さんに視線を向けてしまう。  パチ、パチ、っと、目が合う度に僕も双葉さんもスッと視線を外すんだけど、恥ずかしさに耐性がついたのか、はたまたそれを凌駕するくらい、今の双葉さんが僕の注目を集めるのか。先に耐えきれなくなったのは双葉さんの方で……。  いつもはキリリとした端正な眉を少し下げて、ちょっぴり赤くなった頬を隠すように大きな手で顔の半分を覆った双葉さんは、不躾な僕の視線から逃げるように瞳をウロウロさせている。  ああ……。ごめんなさい双葉さん。でも僕、ちょっと嬉しいかも。    普段は滅多に見られないその姿に、僕はきゅんきゅんと胸をときめかせた。  だって、物凄く、………可愛いです!  もっとそんな姿を見たいです。出来れば僕にだけ見せてください。 「双葉さん。僕、とても幸せです」 「ああ、俺もだ」 「ずっと幸せでいましょうね。約束ですよ?」 「当たり前だ。約束しよう。決して違わないと誓うよ」 「はい! 僕も誓います」  僕達はお互いに少し恥じらいながら、でもしっかりと視線を合わせて、幸せな微笑みを交わし合った。 「いってらっしゃい」 「ああ、いってきます」  翌朝、未だ足腰に力の入らない僕を心配しつつ、仕事へ出掛けた双葉さんをリビングから見送った。  この後何とか着替えを済ませた僕は、自分の身体のとある場所に、物凄い違和感を覚えて不安に駆られ、帰宅した双葉さんを泣きながら迎えてしまうのだけど……。  それはまた、別のお話。              『溺愛αは眠れない』前日譚  ~完

ともだちにシェアしよう!