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2日目/2

 男は、ひとたび強い風が吹けば真っ逆さまに落ちてしまいそうな無防備な佇まいで、外側に両足を放り出しゆらゆらと揺れて。  思わず自転車を倒してしまい、静かな世界に鉄とベルのぶつかる音が放たれる。 「…何してんの?どんくさ」 「………へ?」  声量があるわけでもなければ、すぐ近くで聞こえたわけでもない。だが、そよ風すら感じられない蒸し暑いそこで、彼の声は異様なまでに透き通り、すんなりと耳まで届いた。  煙草の煙を燻らせ、つまらなそうに俺を見下ろす彼の瞳は美しい。まるで星の光を全て取り込んだように輝き、不条理なこの世を全て知り尽くしているかのように闇暗い。 「君が…このアパートに住み着く幽霊なのか?」 「おっさんキチガイなの?俺ユーレイに見える?」 「い、生きてるのか…?」  青年は軽々と向きを変えて内側に飛び降りると、俺が自転車を起こしている間にも、軽快な音を立て階段を降りてきた。  確かに…じっくりと凝視してみてもどこも透けちゃいない。手も足もしっかり見える。  そもそも俺には生まれつき霊感なんてものは無いのだから、もし彼が本当にこの世の者ではないというなら、会話が出来ている時点でおかしいってわけだ。  いくら冷静でいるつもりでも、やはり人気のない真夜中では神経が強張るらしい。ちょっと考えれば分かることが、こうして青年の姿を目の当たりにするまで幽霊だと信じて疑わなかったのだから。 「ドーモ。俺ここの3階のおウチに住んでる、れっきとした人間です」 「あ、あぁ…その…申し訳、ありませんでした」  思っていたより身長がある。すらりと細身の色白で、髪の毛は薄い水色に染められていた。  今宵は残念ながら月は沈んでしまったが、例えば満月の夜なんかは、きっと彼の髪や瞳が優しく光を反射させ、それは美しい妖精のように見えるんじゃないだろうか。 「…いいよ別に。“まだ”死んでないってだけだし」 「まだ?」  まだ死んでない…とは一体どういうことだ。出会って数分、既に彼が掴み所のない不思議な青年である事は確信に変わっている。  脱色したにしては随分と艶のあるサラサラの髪の毛を揺らし、青年は首を傾げて小さく笑った。 「本当は、さっきどうやって死のうか考えてたところ」  ……は? 「あのまま落ちたら、新聞屋さんが第一発見者かなーとか…3階くらいの高さじゃよっぽど上手く落ちない限り死ねないな、とかね」  この男は一体何を言っているんだ。

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