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2日目/3
まさか新聞配達のアルバイトで自殺志願者と話す事になるだなんて思ってもいないわけで、返答に困るのも当然と言えば当然だ。
このアルバイトは接客業じゃないし、カウンセラーの経験なんか勿論ある訳がない。だが青年の、誰にも言えない心の叫びやSOSがあったのなら…聞いてやるのが同じ人としての役目なのか。
「も、もし何か悩みがあるなら俺が話を聞こうか…?」
「なーに言ってんの。おっさんまだ仕事の途中でしょ?今日はおっさんにバレたから死ぬ気失せたし」
「今日はって……」
彼のいう通り、俺はまだ配達の途中だ。一先ず本人は死なないと言っているんだし、今日のところは残りの新聞を届けに向かわねばならない。
今、自分にできる最善策は…。
「明日も同じくらいの時間に来るから!…また話そう」
「っはは、何それ。おっさんいい人だね」
32でも…見方によっちゃもうおっさんなのか。
まだお兄さんだ!なんて虚しいだけの否定はしないが、こう短時間で何度もおっさんを連呼されると流石に来るものはある。
「柳瀬 です。昨日からこの区画の朝刊配達を担当する事になった」
片手をハンドルから離し、青年の胸の前に掌を差し出した。期待などしていない。だが、これでも営業回りもするサラリーマンの端くれだ。社交辞令というやつは嫌というほど学んできた。
と、暫く無言のままその手を眺めていた彼だが、一つ小さなため息を吐くと呆れたように笑い、陶器ほど白い腕が伸びる。
「…ま、俺が生きてるうちにあと何回会えるかわかんないけど。よろしく」
夏でも冷たい彼の手は、毛穴を見つけることすら不可能なキメの細かさだ。細長く形の良い女爪だが、だからといって柔らかな感触という事もない。
僅かに握り返された彼自身の力が嬉しくて、つい名を聞き忘れてしまったのだった。
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