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3日目/1

 事務所へ行けば、こうこうと光る照明の中で既に従業員は折込チラシを詰め込む作業に追われていた。 「おはようございます」 「おお!柳瀬君!来てくれたんだね、嬉しいよ」  初日に付き添ってくれた男性は別の区画を担当するらしく、まだ新しい地図にボールペンで線を引いてルートの確認中だ。  俺くらいの年齢ならばスマホ一つで十分だが、彼は年齢的にもそういった類の機械に詳しくないんだろうか。アナログな姿に思わず笑みが溢れる。 「よし…それじゃあ今日も頼めるかな」 「はい。行ってきます」  跨いだのは十数年ぶりなのに、難無く乗りこなせる自分が何だか誇らしい。  昔はこれに乗って何処まででも行ける気がしたものだ。電動でもない、脚力が全ての自転車で。  前輪付近を軽く蹴り、真っ暗闇の中に点る一つのライト。若干タイヤと擦れてペダルは重くなるが、懐かしさの方が勝っているのでどうって事はない。  さてと。今日は少し道順を変えてみようか。  昨晩はあの青年に仕事の心配をされてしまうほど、カゴの中は未配達の新聞が山盛りだった。不気味な場所はせめて早めに終わらせようと考えた先人の知恵なのだろう。  だが生まれてこの方、ほんの大学生活数年を除いて地元から出た事のない俺からしたら、あれよりよっぽど要領の良い周り方くらい熟知している。  何たって、ちょっとばかしやんちゃしていた時代は当時の相棒とも言える自転車一つでパトカーを何度も撒いて来たんだから。  …ってそれは自慢する事ではないか。  夜明け前の風に吹かれるこの時間が結構好きだ。初日は追いかけるので精一杯だったし、初めて一人で配達に行くのはどうしても緊張した。だから、一通りの業務を覚えて僅かながら余裕の出来た今日は、木々のざわめきに隠れて鼻歌なんかを歌いながら颯爽と坂道を下っている。  民家の郵便受けは種類も様々だ。例えば郵便局にある赤ポストのミニサイズだったり、郵便用とは別にある縦長の新聞受け。サビついたアルミの蓋付きに関しては、手を滑らせて住民が飛び起きないよう慎重に新聞を押し込んだ。  そしてすぐそこに迫ったアパート…は一旦飛ばして、付近の民家への配達を先に終わらせた。  これで彼に笑われてしまう事はないだろう。今日こそ彼の自殺を止める為、精神病棟で働くカウンセラーの記事にも目を通してきたのだ。きっと説得出来るに違いない。  そう思い、古びたアパートの敷地内へハンドルを切った。  すると──。 「…な、なんだアレは……」  昨晩青年の座っていた手すりのあたりに見えたのは、太く頑丈そうなロープだった。

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