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6日目/2

「体調は大丈夫か?おい…いるなら返事してくれー。寝てるのか?」  テレビも置いていない生活感のない部屋は、俺の声を必要以上に反響させた。手探りで照明をつけるも、青年の影すら見当たらなくて。  もしやと思い寝室を覗いたが、ベッドには少し前まで彼が寝ていたと思われる小さな凹みがあるのみだ。  だがそこで、ある不自然な音がしている事に気が付いた。  雨など降ってもいないのに、何処からか聞こえる水の音。リビングを見て、寝室を見て、あとまだ見ていない所といえば……風呂…?  嫌な予感がした。大雨に打たれたみたいに、噴き出た冷たい汗がこめかみを垂れる。  踏み出した足はまるで俺の言う事を聞かず、もつれて何度も躓いて。跡になる程握った掌と唇は、ガクガクと震えていた。  嘘だ。きっと、俺の考え過ぎだ。だって朝、言っていた。死なないって、約束した。  だからきっと──。  ばたんと勢いよく開け放った浴室の扉は蒸気で濡れ、腕にも僅かに飛沫が飛んだ。  垂れ流しのシャワー、鉄のような臭い、そして……真っ赤に染まる湯船で眠る、真っ白な君。  腕から手首にかけて深くぱっくりと開いた傷はあまりにも痛々しく、暫くその場から動けなかった。排水溝付近に落ちている包丁が、鈍く光る。 「…に、してんだ……何してんだよッ!!!」  時間も場所も忘れて大声で叫んだ。そうでもしなきゃ壊れてしまいそうだった。  ショックで動けず、泣き崩れ、蹲る。見えてしまった最悪なビジョンを実現させない為に自らに入れた喝だ。  何してるんだ、俺は。動け。動け、助けろ。死なせないと言っただろ。絶対にこんな所で終わらせてたまるか。 「おい!聞こえるか!目を開けてくれ、今…今引き上げるかっ…から、へん…返事、を……っ」  服を着たまま全身水に浸かる男を引き摺り出すのは簡単じゃない。動けないながらも協力的だった今朝とは比べ物にならなかった。  重い。手が千切れそうだ。……でも、死んでも諦めてやるものか。 「……お…っさん…?ぁんで……」 「っ、大丈夫か?!今引き上げる。きゅ、救急車呼ぶ……っからな、もう少し頑張って、くれ…!」 「……も、マジで…しつこすぎ……だろ」  その言葉を最後に、青年は何も言わなくなった。時折指先が動くくらいで、それ以外の反応は無し。 「おっさんって、また呼びやがって……っ。今度言ったら死なせてやらないって、言ったじゃないか。死ぬなよ…死ぬな、頼むからぁ……ッ」  救急車が到着したのはそれから10分くらい後だ。真夜中の赤ライトとサイレンに飛び起こされたアパートの住人は、少し迷惑そうだった。

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