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6日目/1

 新聞配達のアルバイトを始めてから6日。今日はアルバイト自体は休みだ。しかし俺は今、古いアパートへ向かっている。  …鍵、返し忘れた。  目が覚めたのは夜中の3時過ぎ。  バイトを始めて1週間足らずで癖になるとは驚きだ。アラームもかけていないのに、トイレに行きたいわけでもないのに起きてしまうなんて。これじゃ、おっさん通り越してお爺さんじゃないか。  あのままゴロゴロしていても良かったが、出社してから気がついた、鞄にしまわれたままの鍵。あれを返しに行くには持ってこいの時間だった。  仕事を終えて帰宅するのがあの時間帯だと言うのなら、変に明るいうちに尋ねるよりは今の方が向こうも都合が良いだろう。  冷房をつけても車内が冷えるより早く辿り着いてしまうのは、改めて考えてみると何だかおかしく思えた。  不思議だよな。こんなに近くに住んでいるのに、新聞配達を始めなければ会う事もなかったなんて。  会おうと思えばいつだって会えるのに、仕事関係なく家を訪れるのはこんなにも落ち着かない。 ……朝の事も、忘れられる程切り替えは早くないし。  来客用の駐車場に車をつけ、3階を見上げる。これはもう、バイトだろうがそうじゃなかろうが、せずにはいられなくなっているみたいだ。  初めて見た日は脚を投げ出し、翌日はロープで首を括っていたあの場所。  いくら小さなアパートとはいえ落ちたらただじゃ済まない高さだ。俺自身、高所恐怖症とまではいかないがわざわざあそこから地面を眺める気にはなれない。  今日は居ない、か。毎日いる訳ではないのか?もしかして…俺を待っていたとか?いやいやそんな訳ないだろ。まだ配達を始めて5日だぞ。そう都合よく彼の心が俺へ向いてくれるかってんだ。  階段を上りながら頬を叩いたり頭を振ったり。もし彼が俺を待ち伏せていたなんて事があればこの先半年はイジられそうな間抜けな動きを繰り返し、家の前に辿り着いた。  深呼吸をし2、3度インターホンを押してみるも、中からの返事はない。  昼の明るい時ならあと数回はインターホンを押す気にもなれるが、真夜中でそれじゃ常識がなってない。両隣の家に住む人を起こしかねない。そうなれば騒音だ何だとクレームをつけられて肩身が狭くなるのは客の俺ではなく彼だ。  ……仕方ない、よな。  手に持っていた鍵を使い、取手を捻る。 「…い、いるか?柳瀬だけど。入ってもいいか?」  真っ暗な部屋。確かに靴は置いてあるのに、返事が…無い。

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