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右斜め前
高校生活も2年目ともなると緊張感もなくなるよなぁ。それに右を向いても男、左を向いても男、前も後ろも男、男、男…。
あーあ…。男子校なんか来なきゃよかった。目の保養も出来ないとか地獄だぜ。
「おーい、次。 あー…葛西?」
つーか自己紹介とか要らなくね? どーせ誰も聞いちゃいねぇよ。
「はーい。 元1Bの葛西弘樹でーす。よろしく〜」
おざなりに腰を上げ適当に名を名乗る。これも社会秩序の一環だ。担任の自己満に付き合うのも生徒の努め。ま、何が減るもんじゃあるまいし、別にいいんだけどさ。
「もっと言う事ないのかよ…。ま、いっか。んじゃ、次。 斎藤」
「はい。 斎藤義之です。A組でした。バレー部です…ーーー」
ある訳ないだろう。野郎の何を知りたがるってんだよ。はぁ…、面倒くせ。
去年仲の良かった連中とも全員クラスが離れちゃったしなぁ…。まぁ、いっか。それより昨日のS女との合コンだよ。ハズレばっかで最悪だった。あんなの時間の無駄すぎだろ。あの合コン、セッティングした奴誰だっけ?
「ーーーー…はい。 じゃあ次は…、あ、棚橋くんだね。お願いします」
あんなブスばっかりよく集めたよな。逆に関心するレベルだわ。あれ確か寺島の同中の女だろ?アイツの周りレベル低過ぎだろ。
「はっ、はい! え…っと、棚橋学斗です」
やっぱり次はコータローに集めさせるか。それとも自分でセッティングした方が早いかな。
「棚橋くん。 得意な教科は何ですか?」
「ふぇ? あ…、えっと。 数学?」
イヤ、俺が集めたら意味ねぇか。新たな出会いに乞うご期待の合コンなのに、知った顔ばっかりじゃつまらねぇし。
「じゃ、じゃあ! 好きな食べ物は?」
「は…? あの、甘い物」
しかも一回ヤッた事がある女じゃなぁ…。さすがに面倒くさい事になりかねないしな。
「和菓子? 洋菓子?」
「え…、と。 どっちかと言ったら洋菓子…、かなぁ」
いい加減決まったカノ女とかも面倒くさいし、暫くは遊んでいたいんだよなぁ。そうなるとやっぱり誰かに招集頼むしか……、って、なんだ?洋菓子?
「そうか、棚橋は洋菓子が好きなんだな。…ちなみにチョコレートは好きか?」
「はい、大好きです!」
『ーーんん"っ ーー』
え…?待って? 何だこの空気。俺が合コンの事でぼんやりしている内に、いつの間にか教室中が変な一体感に包まれてんだけど。
「好きなアイドルは?」
「ええ…? ん〜、特には……」
「こ、恋人はいますかっ!?」
「はあっ!? そっ、そんなのっ、いないよっ!」
『ーーーホゥ…ーー』
いや、待て待て。いったい何の話してんの?やべぇ…、ついていけねー。
「部活はやらないの? バレー部、来ないか?」
「いや、サッカー部においでよ!」
「ケガしたらどうすんだよ? 美術部とかどう?」
「ケー音来る? 楽しいよ?」
「運動苦手だし…、音痴だし、器用でもないから…、やらない」
……だろうな。なんかそんな感じ。
つーか、どうなってんの? これ、何の儀式?記者会見かよ。てか、誰?
「このクラスで仲良くしたい人はいる?」
「え…? え……、っと……」
チラッとこちらを伺ってきたそいつと、一瞬だけ目が合った。
ーーー……ん?
「ああ、あの! みんなと仲良くしたいです」
『ーーーおおおぉぉーーー』
いや、だからっ!
この連帯感、一体なんだよ!
「そーか、そーか。皆んなかぁ。お前ら、棚橋と仲良くしろよ?」
『ハイッ!!』
もう座っていいぞ、と担任の一言でそいつは漸く椅子に座った。
右斜め前の席。
背が低いせいか、座るともっと小さくて、黒板がよく見える。
散々質問攻めに合ったせいなのか、それとも別に理由があるのかは分からないが、黒くて艶々な触り心地の良さそうな髪の合間から、チラリと覗いた形のいい耳が真っ赤になっていた。
かわいそーに。たまにいるんだよなぁ。こうやって単調な空気を変える為のスケープゴートにされる奴。担任ももうちょいノリの良さそうな奴を選べはいいのに。ほら見ろ。俯いて縮こまってんじゃねぇか。
そんな事をつらつらと考えながら、その後ろ姿を何とはなしに見ていたら、またチラリとこっちを見た。
俺が見ていた事に驚いたのか、目が合うとすぐに視線を反らした。
まるで人馴れしてない野良ネコみたいだ。
ーーー おもしろい。
その日から黒板よりも、あの赤い耳が気になって、そこばかりが視界に入って困った。
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