2 / 6

姫と呼ばれる男

 2年に上がってひと月。5月の連休明けに漸く席替えをした。この一か月、斜め前の耳ばっかり見ていたせいで、何度もノートを取り損ねた。それも今日までと思っていたら、問題の耳が右隣にやって来た。無意識に目に入る場所じゃないけど、見えないってのが逆に気になって仕方がない。いや…、隣を向きゃ見えるんだけどさ。用もないのに向けなくね?  隣席に着いた棚橋を、何ともいえない気分で迎えた。心做しか右側面がムズムズする。意識しないように意識した。  スケープゴートにされた赤耳くんこと棚橋学斗は、ウチの学校のちょっとした有名人だった。  あのHRの自己紹介タイムでの、記者会見並みの質問攻めを友人達に話して聞かせたところ、イツメンの吉永琉生から教えられた。 ーーー『ああ…、そいつ“姫”だから』  所謂男子校の悪習ってやつだ。  ちょっと見た目の可愛い奴を、女子バリに持て囃してアイドル視するって、あれ。  正直バカバカしいと思ったね。何言ってんだ、てさ。所詮は男だろ。けどそれを聞いて納得した事もある。担任がスケープゴートにした理由。こいつやっぱり陰キャのボッチなんだな。だからワザと、最後にああ言うように誘導したんだろ。    『みんなと仲良くしたいです』  ちょっと見直したぜ先生よ。案外いいとこあんじゃねーか。お陰でこの一か月、棚橋の周りには人が途切れない。よかったな赤耳くん。友達100人出来るかもね。……ま、俺はゴメンだけど。  実を言えば一度だけ話しかけようと思った事がある。みんなと仲良くしたいって言ってたし、耳は気になるし、チラチラと見てくるくらいだし、…って、言い訳ならいくらでも思いつくけど、本音を言えば面白そうだったから。今まで自分の周りにいたことないタイプ。誂ったらどうなるだろう、って好奇心。  それと、“姫”扱いされる程の顔面も、真正面から見てみたい。ホント言うと、ちゃんと見た事ないんだよね。そう、丸っきりただの素見(ひやかし)だ。  けどさ、何でだかタイミングが合わないんだよな。俺が声をかけようとすると、スッと誰かが先に話しかける。終わったかなぁ…、と思って見ると音もなく姿を消してる。じゃあ放課後に…、って思ってるとバタバタ慌てて教室から出て行ったり、そうかと思えば迎えが来るのをソワソワしながら待ってるし、で、その内どうでも良くなってひと月が経過して今ココ。  なんか気付けばこのクラスで、棚橋と喋った事ないのって、俺だけなんじゃね?…ってなってる。こうなるともう、何だか話しかけた方が負けな気がしてくるってゆー、ね。訳のわかんない対抗意識を勝手に燃やして意地になった。  だってさ…。    あいつ、絶対俺と話したいんだぜ。チラチラ見てきてるの、バレてるよ? 今だってこっち見てるし。横目で伺うようにさ。  俺、こういう視線の正体が何なのか分かるんだよなぁ。自慢じゃないけど、今までにも何度か経験あるし。流石に男子校でこの感覚になるとは思わなかったけど…。  いや、別に偏見はない。うん。だって俺の兄貴がソッチの人だし。友達の中にも実はいる。まー、あいつ等は隠してるみたいだけど、分かる奴には分かるもんだ。敢えて知らんぷりするくらいの気遣いはしてやるさ。恋愛は自由でしょ。好きなもん同士ならいいと思うよ。ただなぁ…。自分が、ってなると話は別だ。それに俺は棚橋くんをよく知らない。だから話してみようと思うんだけど……、ってところで最初に戻る。  せめて顔くらい拝ませてくれないかな?話は先ずそこからだ。  ……て、こんな事考えてたら、また隣のから視線を感じた。チリチリと焼けるような熱い視線。   ーーーさん、 にい、 いち…、  心の中でカウントダウンして、思いっきり右を向いた。     ーーー わ…。 かわ……、    ……ん?  あれ? 俺…、今なんて思った?    『かわ…』?  まさか俺が振り向くとは思ってませんでした、みたいな顔して驚いて、一瞬だけフリーズした後、慌ててまた反らされた。  左手で隠すように頬杖をついて、こちらの視線をシャットダウンされてしまった。  だけどほんの一瞬、“姫”のご尊顔を捉えた。  なるほど……。確かに“姫”だ。  ジッと、頬杖をついた横顔をマジマジと見つめた。  もう一回、こっち見ないかなぁ。  俺も左手で頬杖ついて、右隣を向いたままその瞬間を今か今かと待つ事にした。  真っ赤な耳を眺めながら…。  

ともだちにシェアしよう!