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第2話

 花御新汰(はなみあらた)、15歳。日焼け後と坊主頭がトレードマークのサッカー少年だ。5歳の時、幼稚園で行われたサッカー教室でプロ選手とボール遊びをしたのがきっかけで、サッカーに興味を持った。その年のクリスマスプレゼントにサッカーボールをねだり、サッカー漫画に出てくる主人公のように寝食も肌身離さずボールと一緒に過ごした。地域のサッカーチームで練習しながら、強豪の高校へ進学することを目指して練習に励み、やっとこの春に入学したばかりだった。  最初の1年生同士の練習試合の日、控えでベンチにいた新汰は、監督の指示で途中からピッチに出た。ポジションはミッドフィルダー。攻守のバランサーは、新汰に合っていた。交代したタイミングで自分のチームが攻め込むところだったので、ゴールの少し後ろまで走った。ボールが高く円を描いて飛んでくる。相手校のディフェンスが駆けてきた。ヘディングをしようと飛んだ新汰と同時に、ディフェンスも飛んだ。ボールは新汰の頭に当たって相手キーパーの両手の間を通り、ネットを揺らした。 (やった……――っ!)  ゴールを決めて、地面に両足が着いた瞬間だった。ほぼ同時に飛んだ相手校のディフェンスの足が、新汰のふくらはぎにぶつかった。バランスを崩して倒れ込んだ新汰の膝裏に、追い打ちをかけるようにしてシューズのスパイクが刺さった。声も出せないほどの激しい痛みを感じ、新汰はその場から動けなくなった。「新汰!」と呼ぶ監督の声と、誰かが担架を求める声を遠くに聞きながら、新汰は意識を失った。 「……あら、起きた?」 「ん……母さん……?」 「ずいぶんうなされていたわよ。もうすぐ家に着くから、もう寝ないでちょうだいね」  目が覚めると、母親の運転する車の中だった。入院生活が終わり、退院して帰宅途中だと思い出した。怪我をした時のことを夢に見ていたらしい。とても鮮明で、ついさっきの出来事のように感じた。 「とりあえず普通に過ごせるまでになって良かったじゃない」 「……サッカー出来ないのは、普通じゃないよ」  新汰の言葉に、母親は口を(つぐ)んだ。確かに、車椅子も杖も無しで歩けるようになったのは嬉しかった。でも、治ればまたサッカーが出来ると信じてリハビリに励み、歩けるようになった頃に主治医から聞かされた言葉は、新汰の心を深く(えぐ)った。 ――これからどうすればいいんだろう……。 「ほら、着いたわよ」  門の前で車が停止し、母親が先に降りた。新汰も後に続き、トランクからカバンを下ろす。 「あら、(えにし)くん」 「こんにちは、お出かけでしたか?」  隣の家から出てきたのは、雪代縁(ゆきしろえにし)と言う大学生の男だった。耳にかかるかどうかの長さのボブカットを白く染め、中性的に見せている。母親はこの、上辺だけに笑顔の仮面を貼り付けたような彼を気に入っているらしい。縁の母親と二人合わせて、仲良くしておこうという魂胆が丸見えで、新汰には不快だった。新汰自身は特に縁に対して、何か特別な感情があるわけではないのだが。 「あぁ、新汰くん、退院したんですね。おめでとうございます」 「ありがとうございますー。ほら新汰、ご挨拶は?」 「……こんにちは」 「もうこの子は……ごめんなさいね、縁くん」 「いえ、気にしてませんよ。大変だったのは新汰くんですから」  縁は首を振り、ポストを覗いて郵便物を取り出した。母親が残りの荷物を家の中に運ぶのを見遣り、縁は新汰に向き直って問うた。 「で、いつになったらウチ来るの?」 「行かないよ」 「どうして?」 「必要ないから」 「僕には必要なんだけどな、キミが」 「またそういうこと言う」  新汰が苦虫を噛み潰したような顔で言えば、縁は楽しそうにクスクスと笑う。新汰はカバンを抱え直すと、玄関へ上がる。 「僕はいつでも待ってるから」  ドアが閉まる瞬間、そんな声が聞こえた気がした。

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