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第3話
縁と新汰の出会いは、新汰が5歳だった。ちょうど新汰が幼稚園でサッカーボールに触れた頃、建売住宅が並ぶこの地域に引っ越してきた雪代一家が挨拶に来たのが、初めて顔を合わせた日。小学校高学年だった縁はずっと笑顔で、挨拶する両親に寄り添っていた。ただ、新汰には、その笑顔が縁の心からの笑顔には見えなかった。だから縁の両親と新汰の両親がどこかへ行ってしまい二人きりになった時、新汰は思わず聞いてしまった。
「それ、本当に笑ってる?」
「……え?」
「目が笑ってないように見えたから」
「……良く気づいたね」
縁は苦笑いをして、おかっぱにしている黒髪を撫ぜた。
「僕が悪い子だと、両親は相手の教育が悪いからだってお互いのせいにして喧嘩するんだ。僕が良い子にしていれば、家の中は平和だから」
5歳児に話すには、だいぶ重たい話だった。新汰には知らない言葉も時々出てきたけど、縁が我慢していることは理解出来た。
「おれの前では、ムリして笑わなくていいよ」
「……新汰、くん?」
「ずっと周りに合わせてたら、疲れて死んじゃうよ? かろーし、って言うんだろ」
「ふふっ、死んじゃう、って、あははっ、過労死……あははっ」
腰に手を当てて胸を張る新汰に、縁は吹き出した。涙が滲むほど笑うのは久しぶりで、息苦しさから解放された気がした。
「じゃあこれからは、生きづらくなったら新汰くんを呼ぼうかな」
「なんでだよ」
「無理しなくていいんでしょ? 保健室みたいでいいなーって思ったから」
「ホケンシツ?」
「……小学校に行ったら分かるよ」
「変なの」
新汰には縁一人で解決したように思えたが、縁にとって新汰は本当に命の恩人かもしれなかった。縁は右手の小指を差し出して、心からの笑顔を浮かべた。
「困ったら助けて、僕も助けるから……これからずっと」
「お邪魔します」
「はいどーぞー」
退院から数日後、新汰の両親が不在の日、縁は新汰の家に上がった。新汰の母親から留守番を頼まれた際に縁と話をつけ、新汰をよろしく、と出かけてしまった。
「縁くんなら安心だから、だって。新汰のご両親、俺を勘違いしすぎだろ」
新汰が二人きりの時は無理しなくていい、と言ってから、縁は別人格かと思うほど素を出すようになった。一人称は僕から俺になり、少し荒れた言葉遣いになった。それはそれでやりすぎだと新汰は言ったが、これが素だから、と一蹴されてしまった。
「はいお茶とお菓子。母さんの作り置きのご飯あるから、お昼はそれ」
「メニューは?」
「秘密」
リビングのローテーブルに二人並んで座り、ゲーム機の電源を入れる。開発会社のロゴがテレビ画面に映る。怪我をしてから、新汰の暇つぶしは専らゲームになった。格闘技、パズル、RPG、色々と手を出すが、サッカーゲームだけはやらなかった。
「ウイ〇レやらねぇの?」
「しないってば」
縁が何度聴いても、新汰の答えはノーだった。10年間、いつ見かけてもボールを触っていた新汰が、怪我をしてから一度もボールを手にしているところを見ていない。ゲームの中でさえ。
「なぁ、新汰」
「なんだよ」
「俺のこと、もういらねぇの?」
「なんで? 急にどうしたんだよ、縁らしくない」
「俺らしくないって、なに? これが俺だって言ってんじゃん」
「でもっ――っ!」
ダン、とローテーブルを叩く音がリビングに響いた。
「困ったら助けて、俺も助けるから」
「え?」
「俺と、指切りしたの覚えてない?」
「……覚えてる、けど」
日焼けした小さな新汰の指と絡めた日、縁はこの手を守りたいと思った。新汰も、そう思ってくれていると思っていた。だから、指切りまでしたのだから。
「大きくなったな、この指」
「10年、だから」
「そう、10年」
「あの指切り、まだ有効?」
「……縁?」
「俺は、まだ有効」
これからも、ずっと。
End
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