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第15話 町散策
お忍びとは言え王族が城下町へ下りるのには、やはりそれなりの護衛が必要なようで、いつものアインに加え見える所にもう1人の護衛騎士と少し離れた所に2人と、それとわからないように護衛騎士がついてくるそうだ。
ライオネルは国1番の魔道士の為、護衛の数は少なくはあるが、やはり魔法の発動までにタイムラグがあったりと弱点が皆無ではない為、騎士を中心とした護衛が集まっている。
因みにルイスは今回お留守番だ。
紫音に用意されたのは何処かの下級貴族又はお金持ちの商家の人間を装う為、フリルのついたブラウスに脹脛丈のズボンに靴下で、完全に子供の洋服である。
着替えた紫音を見てライオネルが悶えたのはいうまでもない。
一方ライオネルは白いシンプルなシャツと深緑のスラックスでとてもシンプルな装いにフード付きのローブを纏う。
ライオネルは何を着ても似合う。紫音もライオネルのような服が良かったと思ったが、紫音の服をみて喜んでいるライオネルを見たら、これで良かったかもと思った。
王宮裏手から馬車に乗ると、ライオネルが
「さぁ、まずはどこに行きたい?」
と、聞いてくれた。
紫音としては特に行きたい所などないので、何処でもよいのだが、ライオネルは紫音の言葉を待っているようでキラキラしている目で見つめてくる。
「……物の価値を知りたいので、市場とかでも良いですか?」
「よし! 市場に行こう!」
♢♢♢
「凄い人混みだね」
“そーだな。人混みの迷子対策”と言って紫音と手を繋いで歩けてライオネルはご満悦だ。
そして、周りに人が居ない時に時々紫音の口から出るラフな話し方が、心を許してますと言っているように感じるライオネルは嬉しさが倍増しているようだ。
「そうだな。せっかくだから果物でも買おうか」
先程から2人は色々な店を眺めているだけで購入はしていない。ライオネルが1件の露店の前で立ち止まり、ムアルと書いてある赤い果物を買ってくれた。
「これはムアルと言ってな、この国では常用している果物だ。今そこの親父が皮剥いてくれたからここから食べるといい」
ライオネルが差し出してくれた果物を食べてみる。程よい甘みと酸味があって食後のデザートには合いそうだと思った。
紫音が自分だけ食べている事に気がつき、ライオネルにも差し出してみた。
「食べる?」
「(鼻血でるー! 可愛いすぎる)い、いただこう」
一瞬の間の後、紫音の手の中の果物をそのまま齧る。ライオネルの一瞬の間とアインの一瞬戸惑った表情にあまり良くない事だったと気がつく。
そういえば王族には毒味役が居るんだっけ。それかな。と紫音はあたりをつけて次からは気を付けようと思った。
……ライオネルの一瞬の間は紫音の可愛さ故だったのだが。
一通り見てもうすぐ夕方になる頃ライオネルは尋ねる。
「次は何処へ行く?」
「……特にないので、ライが行きたい所?」
「(俺を思って言ってくれるなんてホントカワユス〜)じゃ、雑貨を見に行こう!」
市場を通り抜け、暫く歩くと雑貨等が立ち並ぶお店が増えてきた。その中の1件にライオネルは入って行く。
中には日曜雑貨から小物まで色々置いてあった。
紫音は近くにあった小物を眺めているとライオネルが寄ってきた。
「何か欲しいものあった?」
「特にない」
「じゃ、これ今日の思い出にプレゼント! 俺はあまり城下町には来れないからな」
そう言うとライオネルは青いリボンと緑の石がついたヘアピンを紫音へ差し出した。
「最近髪が伸びてきたからな。本を読む時に前髪をヘアピンで止めればちょうど良い。青いリボンは後ろの髪をこのまま伸ばすなら髪留めとして使って。他の用途でも良いし」
ヘアピンは試しにと紫音の前髪をかき分けてつけてくれた。
「……ありがとう」
紫音は一言紡ぐのが精一杯だった。何故、悲しくないのに涙が出そうなのか分からなかった。
任務で支給されるものはあったが紫音個人の為に物を貰うのはお母さんと過ごした時以来だ。
何故こんなにも温かい気持ちになるのだろう。
ああ、これが“嬉しい”という事か。
「大事にするね」
少し涙目の上目遣いで微笑だ紫音に見つめられ、ライオネルは魅入ってしまった。
ーーゴホンゴホン。
近くにいたアインがわざとらしく咳をして、ライオネルを引き戻す。
完全に2人の世界になっていたが、ここは雑貨屋なのだ。
「あ、そろそろ。帰ろうか」
「うん」
ライオネルは取り繕ったように声をかけると、紫音の手を取り店を出て馬車との合流地点へ向かった。
♢♢♢
外を歩いて暫くすると、進行方向の先で何だか騒いでいる声が聞こえる。
「確認しますので少々お待ちください」
と、護衛騎士の1人が確認しに行き戻ってきた所、冒険者同士の喧嘩がはじまりそうとの事。
「じゃ、回り道をするか」
と、踵を返した所、とうとう喧嘩がはじまってしまったらしい、一気に人が件の冒険者達から離れる。
冒険者のランクにもよるが、普段魔物達を相手にしている冒険者同士の喧嘩が1度始まれば周りへの被害は甚大なのだ。
ライオネル1人なら冒険者の喧嘩を止める事も可能だが、今は紫音がいる為、安全を取って関わるべきではないと判断する。
「さぁ、俺たちも行こう」
と、ライオネルが紫音に手を差し伸べた時、“キャー”という悲鳴とともに、1人の冒険者が放った投げナイフのうち、相対していた剣士が弾いたナイフ2本がこちらに向かって来るのが見えた。
ーー間に合わない!!!!
もう一瞬後には紫音に当たる距離まで来ていて、結界が間に合わないと分かった瞬間、ライオネルは咄嗟に紫音の盾になるべく覆い被さるように抱きしめていた。
……。
……?
軌道的に背中に刺さるだろうと覚悟していたのだが、いつまで経っても衝撃が来ない。
何故だ? と思って紫音の方を見ようとした時
「王子様が盾になっちゃダメですよ」
と、妖艶とも言うような背筋がゾクっと寒くなる声色で、紫音はライオネルの耳元で囁いた。
ライオネルは混乱する頭で、抱きしめていた紫音から少し離れると、自分の背中に刺さるであろうと思っていたナイフを紫音が2本とも持っていた事に益々混乱した。
紫音は混乱しているライオネルを引き剥がし、投げナイフを反対の手に持ち替えると、無造作に2本とも投げる。
1本は投げナイフ使いの肩へ、もう1本は剣士の肩へ刺さった。それもかなりの勢いがあったのか2人とも衝撃でその場を2、3歩後ろに下げさせられていた。
2人が戦闘態勢を解かれた瞬間にお互いの仲間達も好機と見たようで止めに入った為、喧嘩もそれで終わったようだ。
「さぁ帰りましょう。ライ」
何処か作り物めいた微笑みを浮かべながら、熟練の暗殺者のような異様な雰囲気を醸し出した紫音がライオネルに声をかけた。
♢♢♢
「見つけた……第三王子の所有物になってたのか」
黒いローブで全身を覆った人物はそう呟くと路地裏へ消えていった。
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