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第1話

刹那(せつな)くん大好き!」  気づいたら好きになっていた。  いくつからなんて覚えていない。ただ、気づいたら傍にいた刹那くんを好きになっていたんだ。  年は一つ上。頼りない弟みたいに扱ってくれた刹那くんについて回って、とにかく「好き」と言いまくった。それ以外自分の溢れる気持ちの表し方を知らなかったから。  刹那くんが小さな俺の世界のすべてだったと言ってもいい。  好きと言うたび、周りに茶化されるのが恥ずかしかったらしく子供の頃はとにかく怒られた。  小さい頃からかっこよかったけど大きくなるにつれどんどん男前になっていった刹那くん。だからモテるのも当然なんだけど、それをはっきりみんなの前で口にする俺はそりゃあ恥ずかしかったのだろう。  でも、好きなんだからしょうがないと思う。  小学校辺りなんて、「永遠(とわ)、うるせー!」と怒鳴られることが多かった。それでもかまってくれていた。  中学校に入ったばかりの時にそれが爆発して「俺はお前なんか大嫌いだ」とみんなの前で怒鳴られた。  その後「好き」と言う回数を減らしたからだろうか。  さすがに大勢の前での大嫌い宣言は言い過ぎたと思ったのか、若干態度が軟化して、それからは「あっそ」「はいはい」と流す態度になった。  高校の時には余裕が出てきて、俺が「好き」だと言うたび「知ってる」と返してくれるようになって喜んだのもつかの間。 「刹那くん、今日もかっこいい大好き!」 「……」  大学の今、まさかの無視期に入った。  俺が後を追って入るまでの一年でしっかりと大学生らしい毎日を過ごしていた刹那くんはさらにかっこよくなって、知らない友達も増えていた。  そんな友達にどうやら多少俺のことを話していたらしく、初めて刹那くんの友達に会った時には「これが例の幼なじみか」とみんな同じ反応をした。どういう風に言われていたかはわからないけど、みんな温かい目で見守ってくれるからきっといいように言ってくれたのだろう。……たぶん。  だというのに当人の刹那くんだけは「好き」と言うたび俺を睨むように見て、そのまま無言で去っていくようになった。新しい戦法は、けれど一番地味に効くかもしれない。  刹那くんの後を追って入ったサークルの飲み会でも、基本的には無視。  当たり前にモテモテの刹那くんは女の子に囲まれながらお酒を飲んでいて、俺はそれを離れた場所から眺めている。  かっこいいんだからモテるのは当然。邪魔はしない。彼女がいる刹那くんもかっこよくて好きだし、俺からの一方通行の気持ちはいつだって変わらない。別れるたびになぜか俺が文句を言われるのは理不尽だけど。  俺の方が聞きたい。刹那くんを好きじゃなくなるのって、どんな気持ちなんだろうって。 「あっち行かないの? 『大好きな刹那くん』が女の子に囲まれてるけど」 「あ、えっと」  ちびちびとウーロン茶を飲みながら唐揚げを摘んでいたら、隣に座った人に声をかけられた。  この人誰だっけ。先輩だったと思うんだけど、こういう言い方するってことは知っている人なんだよな? いや、俺が刹那くんのことが大好きなのは周知の事実か。 「女の子がいる時に行くと悪いかなって。モテてる刹那くんも好きなんで」 「ふぅん。変わってるね。ていうかそもそも、永遠くんは男も恋愛対象ってことなんだよね?」 「んーと……さあ? 俺は男も女も関係なく、刹那くんのことが好きなだけなので」 「でもそれって男もいけるってことだよね?」  俺は刹那くんが好きということを隠していないけれど、一般的には声を潜めることだったのか先輩が距離を詰めて聞いてくる。  そりゃあ刹那くんはかっこいい男だけど、だからって男の人が好きかどうかなんて考えたことがない。 「とりあえず一回他の男見てみたらどう? 視野を広げてみれば、もっと好きな相手が見つかるかもしれないし、たとえば俺と……」 「永遠」  変わった親切だな、と手を握ってくる先輩との間に落ちた影一つ。  同時に聞こえた大好きな声に、跳ねるように振り向いた。 「刹那くん! どうしたの、恐い顔して。おつまみに俺の『好き』が足りなかった? なーんて」 「お前酔いすぎ」  先輩と俺の間に無理やりしゃがみ込んだ刹那くんが、ぺしりと俺のおでこを叩く。突然いわれなき疑いをかけられた俺は、示すようにウーロン茶を掲げた。 「俺全然飲んでないよ?」 「酔っぱらってっからこいつ連れて帰るわ」  けれど刹那くんはそのコップを下ろさせると、猫を捕まえるように俺の襟首を掴んで立ち上がった。そしてそのまま周りに抜けることを告げる。  俺は全然酔っていないけれど、刹那くんからはそう見えたのだろうか。それともそういう理由をつけて俺をこの場から引き離したいだけか。……たぶん後者だ。 「お、お持ち帰りか?」 「うるせぇ」  茶化す声を一言で制して、刹那くんは俺を捕まえたままお座敷を出ていく。さり気なく俺の分のお金もテーブルに置いてあるのがかっこいい。  ただ、声の低さからいってだいぶ機嫌が悪そうで。こういう時はしばらくの間逆らわないに限ると、俺は連れられるまま飲み会を後にした。

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