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秋され 1

「黒き童謡、コードネーム、黒謡<コクヨウ>だ」  得意げにほくそ笑む眼前の少年に、秋津のこころは停止した。  中二病、という一種のやまいのことはなんとなく知っていた。多感な時期の妄想めまぐるしい情熱が内に留まらず外にまで飛び出てしまい、周囲かからかわれるなど話のネタにされてしまう――――、そのようなことだとふんわり知っていた。  とはいっても、まさかそんな子が近くにいるとも思わなかったし、ましてや僕の救いになるとも思っていなかった。露ほどにも。  【1】秋され   ぼんやり、先導車の赤いテールランプに照らされながら信号待ちをしていた時だった。ふと何気なく国道沿いの小さな公園に目を向けると、高校生だろうか、黒髪に黒ずくめの服装をした男の子と視線が合わさった。――ように感じた。もちろん目が合ったというのは勘違いで、少年は古ぼけたベンチに座って行き交う車をぼんやり眺めていただけだ。しかし開放感に気が大きくなっていた僕は僕は直感的に「いける」と確信し、車を近くの有料駐車場に停めて手櫛で髪を整えながら少年の前に立った。 「こんばんは、何をしているのかな?」  精一杯人好きのする笑顔を浮かべながら、俯いていた少年のつむじに声を落とした。つやつやした黒髪だ。襟足が長い。少年は驚いたように切れ長の瞳をまんまるに見開き、胡乱げに僕を見上げる。警戒心たっぷりの引き攣った下瞼には、黒い汚れ。 (墨汁……?)  はたと動きが止まる。負けず劣らずの訝しげな表情を浮かべながら顔を近付けて瞳を凝らすと、なんとそれはフェイスペイントであった。下まつ毛の毛先がさわさわと揺れるそこに、ひょろっとした謎の模様。控えめな模様ではあるが異質には違いない。動揺して用意していた二の句が継げずにいると、少年が案外高めの声でア、と戸惑いの息を漏らした。 「……何か、」 「えっ、あー……っと、なんだったかな」  さすがにそれはないだろう、と自分でも思う。正直に言うと、お金を渡すので一緒にホテルに行ってほしいと交渉しようと思っていたのだ。僕は体を重ねられるのなら、男女の区別は付けていない。整った外見をしているのなら、本当にどちらでも構わないのだ。初対面の相手に声をかけることは初めてだが、それにしても、すこしおかしな子に声をかけてしまったようだ。  少年は困ったように何度か瞬きをして、視線を落とす。初秋の肌寒い空の下、気まずい空気が流れた。どうしよう、なんと言って立ち去れば自然だろうか、と頭の中で考えるも、うまく言葉が見つからない。少年も迷惑そうにじわじわと顔を背け始めているが、僕を寄せ付けまいとするその頑固たる姿勢の中に混じる不安気な揺らぎに、少々ぐらっときた。そういった小さな抵抗は、好きなのだ。やはり、この得体の知れない少年の奥底に秘められた淫靡を、己が手で引き出してみたいと思ってしまう。 「お小遣い、あげるから、少しだけ、話さない?」 「はな、す……?」  淫猥な雰囲気を出さないように気を付けながら、あいまいな言葉だがしっかりと意図が伝わるように言葉を紡ぐ。話すのは、世間話ではない。体と体の対話。ぶつかるような身体の解放と、夜毎の手慰みの好みや、体液の味などを語り合うのだ。 「きみのこと、気になったんだよね。その目の下の……、なに、えっと、模様? とか、かっこいいしね」  お茶を濁すように揶揄すると、少年は胡乱気な瞳を途端にぱっと輝かせ、薄い唇の間から白い犬歯をのぞかせて口の端を持ち上げる。 「くく、この刻印の闇に触れるか……? 気に入った、先導を認めよう。我が破壊の叙事詩をラグナロクの夜明けまで語ってやろうぞ」  不気味な笑い声を漏らし、彼は人差し指でこめかみを抑えた。決めポーズだろうか。たじろぐ僕に、少年は『アレっ?』という表情を浮かべた。ウケが悪かったことに困惑している様子だ。なぜか気の毒になってしまい、 「ああうんそうだね楽しみ」  と、当たり障りのない返事をおざなりにした。不安げな瞳がパッと輝く。 「ラグナロクの夜明けを知っているなんて、感激です!」  うきうきと立ち上がる彼は年相応にはしゃいでいる。ラグナロク――、は分からないが、幾ばくか警戒心は解けたようだ。絆されやすいのはありがたいが、心配にもなってしまう。  背に手を回し、誰かと誰かと誰かの香水が交じり合う夜のホテル街へと少年をエスコートする。それにしても、僕がどういう意味で“お小遣いをあげる”と告げたのか、きちんと理解しているのだろうか。はたと疑問に思うものの、まあいいかと気を取り直す。どうせ一夜限りの恋人だ。

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