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「これ、やるよ」  そう素っ気なく言いながら投げられたものを掴むと、投げた相手は俺が何か反応を返すのも待たず、すぐに背を向けて歩き出した。  呼び止める前にせめて何を投げられたのか確かめることにした俺は、有名なメーカーのパッケージを見て、首を捻る。 「チョコ……?おい、晶太!これ何……」  遠ざかる背中に意味を問おうとするが、幼馴染の晶太は人気者のため、すぐに他の生徒に囲まれていた。今年こそは意味を聞こうと意気込んでいた気持ちが沈みかけたが、それでは駄目だと首を振る。  今日は、2月14日。いくらそういったことに鈍く、経験がない俺でも何の日かくらいは知っている。  そして、幼馴染の晶太がいつの日からか、毎年必ずチョコをくれるようになったのだが、そこに意味を求めるのが間違いなのかもしれない。それは痛いほど分かっている。晶太はよくモテるし、チョコをもらおうとしている現場を毎年目にした。  だが、分かっている、俺の勘違いだと言い聞かせながらも、どこかで淡い期待を抱いているところもある。  なぜなら、晶太は。 「晶太くん!」  クラスメイトに囲まれ、周りと一緒に騒いでいた晶太の元へ、一人の女子生徒が駆けて行く。その手には包装された箱らしきものが握られていて、遠目にも、彼女が何をしようとしているのか分かった。  周りが好奇の目を向けながらも、事の成り行きを見守っている。俺もまた視線が縫い付けられたようにそれを見ていると、ふいに、人垣の向こうで、晶太と目が合った。  野生動物の中でも、特に肉食獣を思わせるような鋭い目が、ほんの僅かに揺れ、一瞬、何かの感情を滲ませて歪んだ気がした。  俺が視線を逸らせないでいると、晶太は俺から目の前の女子に視線を移し、何事か呟いている。ここからは何も聞こえてこないが、どうしてか、胸の内に根拠もなく安堵が広がっていくのを感じた。  大丈夫だ。晶太は、絶対にもらったりなんかしない。だって、今までだって。毎年、もらったりなんか。  そんな俺の期待を裏切って、周りから弾けるような歓声が上がった。  晶太の目の前にいた女子生徒が、頬を染めながら、嬉しそうに席に戻って行く。その手には、先ほど目にした箱がない。  顔を上げた先には、クラスメイトに肩を叩かれながら、箱を手に笑顔を浮かべている晶太の姿があった。  初恋は叶わない。誰かが口にした言葉が、耳の奥で木霊するのを感じながら、晶太がくれたチョコレートの箱をぼんやりと眺め、立ち尽くした。  

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