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第4話

「それから、2日2晩、馬を飛ばしましたね。あんな荒道を」  一般的な男性の体力でも完走することは困難だとされる、凡そ、道とも言えない荒道をカーディナルはひょいとティケネについていった。しかも、野営をする時も無駄なく、テキパキと準備をしていくカーディナルに、ティケネも面を食らっていた。 「君のお陰で、私は職務を全うして、帰還することができた。だが、その時は思ってもいなかった。まさか君が肉屋を辞めて、イグニスの門を叩いて現れるなど」  イグニスの門を叩き、くぐるまでにティケネが要したのは1年余り。そこから、カーディナルの副官になるまでには多少の紆余曲折があったものの、つい半年前、ティケネの念願が叶った。  ただ、大佐つきとはいえ、その副官に甘んじているにはあまりに惜しい人材だとカーディナルも再三、上官に言われていた。 「君は君が思うより優秀だ。副官ならば私なんかより上の階級の副官に従事すべきだし、この先も鍛錬を積めば、今の私の階級など十分に越せるだろう」  自分などに構うな、もっと先を見ろ、とカーディナルはティケネに忠告する。  だが、ティケネは首を横に振る。 「私に懸想しているから、か」  カーディナルはがんとして自分の話に耳を貸さないティケネに静かに業を煮やす。  言ってしまえば、カーディナルとティケネが初めて出会って、共に過ごしたのは三日とない短い時間。  恋に落ちた。しかも、初めての恋などと言うなんてカーディナルにとっては頭を抱える話だが、半年間を過ごしてみても、ティケネはカーディナルが職務を全うできるよう細やかに気を配るものの、ちょっとした冗談も言わない生真面目が軍服を着たような男だった。 「いい加減、目を覚ませ。君には私など相応しくない」  ティケネの広い肩を叩き、カーディナルはティケネの顔を見ずに、礼拝堂を後にしようとする。とても彼の顔など見ることはできない。  というのも、今のカーディナルの表情は鏡に映さずとも、悲痛な表情をしているだろうことが分かっていた。その心境も今まで戦場や戦死者の弔いに赴いた時とはベクトルは違うものの、身を切られるようなものだったから。  ティケネは礼拝堂を出るようとするカーディナルを制止するように言った。 「貴男は! 貴男は……恋に落ちたことなどないのでしょうね」 「ティ、ケネ……?」  静かな礼拝堂にいつも低く心地良く聞こえるティケネの声が響いたことで、カーディナルは足が止まり、思わずティケネの方を振り向いてしまう。  特にティケネに腕を掴まれたとか首スレスレに扉へ拳を打ちつけられたとかいう訳でもないのに、カーディナルはその場から動けない。いや、ティケネがカーディナルに危害を加えることなど万に一つもありえない。  ……危害は加えないが、濃いオリーブ色の癖毛に似合うティケネの真っ黒な瞳はカーディナルの濃緋色の瞳を突き刺すように見つめて、責め立てているようだ。 「人は大抵、相応しいか相応しくないかで恋をしないのですよ。初めて出会った時、何でもない花を美しい、生きていると眺めていた貴男はとても綺麗だった」  ティケネも何故、分かってくれないのか、とカーディナルに静かに怒り、再び、カーディナルに告白をする。  イグニスの生きる軍神と称されるルヴェル・カーディナル大佐は再び、その一言に向き合うべくバラ窓を見上げた。

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