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第1話

 加々美(かがみ)先輩はみんなの憧れだ。  その姿は男子校に咲く一輪の花とでも言おうか。  男だけど美人という言葉がぴったりで、顔だけじゃなく立ち姿まで美しく、どこか色っぽさが漂っている。その、全面ではないけれどしっかり漂っている色気が美人さのポイントだ。  さらさらの黒髪に細いフレームのメガネ、乱れのない制服と完璧な優等生の見た目だけど不思議と堅苦しくはなく、むしろそのきっちりした感じが逆にエロいというか。  たぶんうちの学校のほとんどの生徒が加々美先輩とのデートを想像しただろうし、夜のオトモにもしたことがあるはずだ。  そしてもれなく俺の初恋でもある。  小学校の先生とか中学校の先輩とか、そういう人たちにぼんやり抱いていた「好き」とは違う、胸と下半身がぎゅっとなる感じで「リアルな恋」というものに気づいた。  その顔が見られると思うだけで学校が楽しくなる、そんな恋。  ただ、妄想以外で加々美先輩とどうなるとかは正直考えられていない。  なにせ俺はとんでもなく間が悪い。  いや、顔だけじゃなくすべてにおいて普通なこととか、どう頑張ったって加々美先輩と釣り合う男じゃないという根本的な問題は別として。とにかく間が悪いんだ。  加々美先輩がいると聞いて参加した生徒会のボランティア活動では、同じく加々美先輩狙いの参加者が大勢いたせいでチーム分けがされ、先輩からは一番遠い持ち場を割り当てられたり。周りがやる気をなくしてサボるものだから、仕方なく一人でゴミ拾いするハメになったり。  そんなことを一人で散々繰り返して、結局ほとんど面識はない。  ただでさえいつも人気者で大勢に囲まれている先輩だ。後輩とも言えない一学年下の男なんて、その綺麗な目には入っていないだろう。 「犬丸(いぬまる)! これ倉庫まで持ってって」 「はい!」  今回も生徒会と少しでも接触を持とうと体育祭の実行委員になったけど、忙しすぎて加々美先輩の出る競技さえ見に行けない本末転倒っぷり。  仕方なく用具を運びながら通りがかりを装って人ごみの隙間から覗き見することにした。  サボりではない。ちょっと通りかかっただけだ。 「おっと」  どうやら今は借り物競走の時間らしい。  うちの学校の借り物競走のお題は基本的に普通じゃないものが多くて、それに合わせてみんな普通は持ち合わせていないだろうモノをこぞって用意してくる。女子の目のない男たちの集団ゆえ、ノリはだいぶバカっぽい。  そんな競技に参加していた先輩は、スタートラインに並ぶ人の中で一人輝いて見えた。周りと同じジャージ姿だというのに、どうしてこうも目立つのか。なにより俺にしては絶好のタイミングだ。 『位置について、よーい……』  パンッとピストルの音が鳴り響き、一斉に先輩たちが走り出す。  お題が書かれた封筒を拾ったまでは良かったけれど、なぜか先輩は中の紙を見たまま立ち尽くしている。よっぽどありえないものが書かれていたのだろうか。それともくだらなすぎて呆れているのか。  それでも周りが動き出してから少しして、やっと先輩が動き出した。その場できょろきょろとなにかを探している。  お題を叫びながら探さないということは、見てわかるものだろうか。ああ、俺もその借り物に参加したかった。  一緒に盛り上がれない寂しさに肩を落として、もう一度荷物を持ち直して顔を上げた時だった。  ばちりと音がしそうなほど先輩と目が合った。 「わ……っ」  まずい。こんなところにいたらサボってると思われてしまう。  さっきまで真面目にやっていたのに、このタイミングで見られるなんて本当に俺は間が悪い。  早いところ立ち去ろうと後ずさったけれど、なぜか先輩がこっちに来る。  まさか、見咎められてお説教でも食らうのか? いや、普通に考えてこっちの方面に探しているものがあったのだろう。周りはみんな、このために用意した借り物用の珍品を掲げている。  それに紛れて、とりあえず最初から仕事してます風を装って足早に体育倉庫を目指した。  ただでさえ印象が薄いのに、サボっているところだけ見て覚えられたらまずい。  ……が、しかし。

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