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第2話
「犬丸くん!」
「は、はい!?」
倉庫前で足音が追い付き、それと同時に名前を呼ばれたことに驚いて体が思いきり飛び跳ねた。
なんというダサい反応だろうか。好きな人から名前を呼ばれただけでこんなにビビるなんて。
でも、先輩が俺の名前を呼んだ。というか俺の名前を知っていてくれたのか。
「あ、あの俺本当にサボってたわけじゃ……」
「それ、脱いで」
お説教なのか借り物なのか。
うろたえながらもとりあえず言い訳する俺を指差し、先輩は通るいい声で一言命令した。
「……はい?」
「早く」
指さされたのは俺の体操服。聞き間違いではなく、これを脱げと言うことだろう。
体育倉庫で二人きりで、俺に脱げだなんて……と危うく妄想に浸りかけて慌てて用具を下ろして体操服を脱ぐ。
たぶんこれが「借り物」なんだろう。お題はなんだ? 「後輩の体操服」というだけなら他に山ほどいるだろうし、「名前に動物が入った人の持ち物」か?
「あ、あの、汗臭いですけど、すいません」
とりあえず謝りながら脱いだ体操服を渡すと、先輩は「ありがとう」と両手で大事そうに受け取った。
先輩が俺の体操服を持っているという不思議な光景。俺は上半身裸だし、現実味がなさすぎる。
「じゃあ……っと」
立ち尽くす俺をよそに、行きかけた先輩がふと立ち止まり振り返る。
「いつもお疲れ様」
そして口の端をちょっとだけ持ち上げて俺の労をねぎらうと、ゴールまで一直線に駆けていった。なんていう美しいフォームと足の速さ。
なにより笑顔。俺に向けられた微笑み。なんという可愛らしさ。先輩は天使かなにかなのか。
……しかし「いつもお疲れ様」とはどういう意味だ? あれ、俺なんで先輩に認識されてるんだ? もしやいつも見ていることがバレていたのか?
はてなマークが頭の中いっぱいに浮かんで、とりあえず用具を倉庫の中に押し込んで、大急ぎで校庭に戻る。せめてお題を知りたい。
先輩が駆け抜けた場所が空いていたので、ありがたくそこに入り込んでゴール位置を覗き込む。
先輩がゴールに辿り着いたのは最初ではなかったようだけれど、メインは借り物が合っているかどうかだ。どうやら最初に着いた人は失格となって再び借り物の旅に戻ったみたい。
「えーそれでお題は……『好きな人の持ち物』」
先輩から渡された封筒と紙に視線を落とし、係の奴がマイクに向かってお題を読み上げる。それに対して応える先輩の声もマイクが拾った。
「ちゃんと本人のものである証拠に名前付きで」
「犬丸……? これが加々美先輩の好きな人?」
「はい」
その手には俺の体操服が。
犬丸っていうのももちろん俺。
で、お題が「好きな人の持ち物」だって?
「……は、えええええええ!?」
あまりにあまりなお題と結果に辺りがどよめく中、誰よりでかい声で驚いたのは、まさかの当事者である俺。
転げそうなくらい驚く俺に注がれる全校生徒の冷たい視線。そして目に飛び込んでくる加々美先輩の気恥ずかしげな姿。
……どうやらこれは、夢ではないらしい。
夢ではないということは、俺の好きな加々美先輩が、この上半身裸の男のことを好きだというのが現実……?
加々美先輩が、俺のことを、好き?
「えええええええ?!」
間が悪いどころか間の抜けた俺の叫びは、恐ろしいくらい静かな校庭にいつまでも響き渡っていた。
まさかの初恋が実ったその日、全校生徒が敵に回ったのは言うまでもない。
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