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1章【先ずは先輩を消してくれ】 1

 事の発端は、二ヶ月前に発表された人事異動である。  俺は入社して、三年目。そろそろ一発目の異動があっても驚きはしないが、幸か不幸か俺には異動命令がなく、そわそわしている周りの雰囲気を感じながらも、いつも通りの仕事をするだけ。  引き継ぎ作業は面倒だし、そもそも人になにかを教えることが俺は苦手だ。異動がなく、慣れた仕事を淡々とこなす。……なるほど、最高ではないか。  そんな感じで向上心の欠片もない俺は、隣のデスクに座る同僚のぼやきを受け流すように聞きながら、手を動かしていた。 「来月から営業部に異動かぁ……っ。オレ、うまくやっていけるかなぁ……っ?」  隣のデスクに座る同僚は、竹虎(たけとら)幸三(ゆきみつ)という名前の男だ。  幸三はイマドキの若者といった感じで、髪を金に近い明るい茶髪に染めている。コンタクトも付けるが、仕事中はいつも眼鏡。コンタクトを付けている姿は、飲み会や休みの日にしか見たことがない。  眼鏡は銀縁で、ただ視力を矯正するためのアイテムだろうと俺は思うが、幸三はそんなところにも気を遣っていた。  背は低いながらもそこそこに引き締まった体で、幸三は正直なところ、女にモテている。本人には絶対に言ってやらないが、幸三は普通にいい奴だし、いつも明るくて、トークもうまいときた。  俺と同時期に入社して、三年間ずっと隣同士。言ってしまえば、幸三は同じ部署で働いてきた戦友のような存在だ。  ……ちなみにこの会社には【営業部】と【事務部】があり、営業部はその名の通り、外回りをメインの仕事としている。新規契約者を探したり、関係企業との交流をしたりするのが、主な仕事。つまり、この会社の顔となる部だ。  一方事務部にはふたつの課があり、ひとつは職員や顧客のデータを管理する【管理課】。代表の電話番号──つまり、なにかこの会社に問い合わせがあったときの電話番号は管理課直通となっているので、窓口のようなものだ。  もうひとつはこの会社が取り扱う商品を企画し、開発する【企画課】。いつもなにかしらの会議をしていて、同じ会社で働いているのに職場内で顔を合わせることが少ない。だから俺は、恥ずかしながらどんな人たちが企画課にいるのかを知らなかった。  だが、忘れることなかれ。企画課はこの会社の要となっている大事な課だ。  ……少々脱線したが、つまり俺が勤務しているこの会社は、そういうバランスで成り立っている部が連携することで、動いているのだ。  企画課が作った商品を管理課が顧客向けにデータ化し、そのデータを持って営業部がうまく売り込む。それが、この会社の全貌だ。  そして、部や課の中でもさらに細かく役割分担がされているので、各々がきちんと職務を全うし、バランスを崩さないようにしなくてはならない。  ようやく話を本題に戻すと。……俺と幸三がいるのは、事務部の管理課。その中でも商品のデータをまとめ、商品についての問い合わせに応対する【商品係】だ。  ……だったのだが、幸三は本人が言っている通り、営業部への異動が決まった。ハッピーな言い方をするのならば、窓口から顔になったというわけだ。今までは事務仕事ばかりだったのに、来月からは接客をすることになるのだから、環境が変わってしまう不安は分かる。言ってしまえば、百八十度ほどの変化かもしれないだろう。  ……だからと言って、一緒に嘆いてやれるほどの関心はないが。 「イケるイケる、お前はやればできる強い子ダー」 「お前、この、お前」  カタカタと新しい商品のデータ入力をしながら、幸三のぼやきに形だけの返答をする。  ……幸三は、いい奴だ。だが、あえて悪い点を敢えて探すとしたら……同年代には割と馴れ馴れしい。  この会社に入った時、俺と幸三は初対面だった。 『──子日文一郎? 名前長いから、ブンな!』  それなのにこんな挨拶をされたら『あっ、コイツ無理』と思っても仕方ないだろう。  周りの友人すら平凡だった俺は、幸三のようなチャラチャラしたタイプの人とは関わりたくないし、怖いとすら思っていた。自己紹介で握手を求めてきた幸三相手に、恐らく死んだ魚のような目で手を握り返した気がする。  だが何度か話してみると割といい奴で、カツアゲしてこないし薬物も勧めてこない気のいい友人だ。……いや、俺の基準はそこでいいのか?  まぁいいか。どうせ、幸三は幸三だしな。

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