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 幸三はそんな俺の気持ちを気にも留めず、牛丸さんの話を興奮気味に続ける。 「あの人っ! 仕事の教え方がチョー上手いんだよ! なんか、こっちのモチベーションっつーの? そういうのをガンガン上げてくれるし、まずなによりも優しい!」 「近い近い近い!」 「オレ、噂聞いた感じだともっと営業に対して厳しい人だと思ってたんだけどさ! オレがミスしても笑って赦してくれるし、厳しいどころかなんだったらバレないように営業中にサボる方法も教えてくれたんだぜっ!」 「分かった、分かったから! 近いッ!」  グイグイと、幸三が顔を近づけてくる。終礼も終わったし就業時間中ではないが、それにしたってテンションが高すぎるだろ。……それと、まだ帰っていない職員がこっちを見ていて、純粋に恥ずかしい。  幸三が単独で盛り上がり、俺はそんな幸三と距離を取ろうと、奮闘。不毛極まりない攻防戦を繰り広げていると突然、同じ係の女性職員が二人、近付いてきた。 「お疲れ様~っ」 「なになに? 牛丸さんの話?」  女性職員が寄ってくると、幸三はパァッと笑みを浮かべて頷き始める。 「そうそう! 知ってる? 牛丸サン」 「むしろ、この会社の女性職員で知らない人っていないよ~」  しまった、逃げそびれたぞ。しかもなんだか、女子トークみたいな流れになってきている。  幸三が椅子に座ったまま、立っている女性職員を見上げて嬉しそうに話す。 「アレは女が惚れるのも分かるわ~」 「カッコいいし、話も面白いし……」 「なにより、イケメンだし!」  幸三と、女性職員二人。……はいはい、楽しそうでなによりだ。  キャッキャッと盛り上がっている中、女性職員の一人が俺を見る。 「そう言えば、子日さんの隣のデスクに来るんだよね、牛丸さんって」 「えっ。あ~、そう言えばそうだったっけ」 「もう、ちょ~楽しみ!」  ……楽しみ、なのか? 同性だからか、その意見には賛同できないな。  やはり、女性職員からしたら【牛丸章二】という男はスターのような存在らしい。二人共、かなり興奮気味だ。  そんなに楽しみだと言うのなら、いっそのこと【隣のデスク】というポジションを代わってやりたいくらいだぞ。  ……牛丸さんという人が、どんな人なのか。まだ一度も話したことがないし、遠目からしか見たこともない。  だから印象に残ってすらいないが、俺としては別に大した興味や関心もないのだ。強いて言うなら『凄腕の営業マンってどんな人なんだろう』ってところか。  まぁそういった程度のことが気になるくらいで、恋バナのようなテンションで盛り上がれるほどではないのだ、断じて。  デスクの話になって、幸三が人差し指を立てる。 「二人共。そして、ブンよ。心して聴いてほしい」 「はははっ」 「まだなにも言ってないぞ、ブン! そして帰ろうとするなッ!」  どさくさ紛れに帰ろうと立ち上がったが、幸三に腕を掴まれてしまい、呆気なく失敗。仕方なくもう一度座り、女性職員二人と一緒になって、幸三の言葉を待つ。 「なんと……っ!」  妙な溜めが鬱陶しいので帰りたい。……とは、言わずに清聴。  すると幸三の眼鏡が、キラリと光った。 「──明日から牛丸サンへの引き継ぎが始まるぜーッ!」 「「「「「キャアアアアアアッ!」」」」」  ──ビリビリと、鼓膜やら肌やらが震える。  高らかに発せられた幸三の声に、二人の女性職員だけではなくまだ帰っていなかった他の女性職員も黄色い悲鳴を上げた。  ……どうやらそのテンションについていけていないのは、俺だけらしい。早く、帰りたい。

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