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幸三と話していた中、俺と幸三の後ろに先輩が座った。
先輩はビールジョッキを広間の入り口付近に置くと、ニコニコと笑みを向けてくる。
ちなみに、幸三のテンションがいつもより高くなっているのは『主役だから』という理由と、もうひとつ。見ての通り、色々な人から酒を飲まされているからだ。
先輩は幸三の様子を見て、また笑った。
「竹虎君はそろそろ、お茶とかにした方がいいんじゃないかな?」
「あっははっ! イヤですね、牛丸サン! オレ、まだまだいけますよ~っ!」
「すみません、店員さん。この馬鹿に、ウーロン茶ひとつ」
「お前、オイ、お前」
二人の会話を聞いて、すかさず俺はウーロン茶のオーダーをする。幸三が不満そうな顔をしているが、華麗にスルーだ。
しかし、俺もそろそろ幸三の酒をストップしようと思っていたところだった。先輩もそう言うなら、むしろ幸三には【善意】として受け止めてほしい限りである。……もし『感謝できない』と言うのなら、俺から離れていいから先輩を一緒に連れて行ってくれ。
だが、幸三も先輩もここから離れようとしない。つまりは、俺は戦友と言う名の酔っ払いを頼ってはいけないのだろう。
「先輩。他のところに挨拶してきたらどうですか?」
──仕方がない。俺自ら、魔を追い払おう。
先輩に背を向けて、テーブルに並んでいる刺身へ箸を伸ばす。いわゆる【塩対応】というものをしてみたつもりだが、先輩はそれでも俺から離れない。
「やだなぁ。もう一時間以上他のところに行っていたんだから、十分だと思わない?」
「先輩の言葉を借りるのでしたら、俺への挨拶こそ十分だと思いますけど」
毎日隣のデスクなのだから、飲み会の場でもわざわざ寄ってこなくていいだろう。そんなことを考えながらもうひとつ、刺身を食べようとした時だ。
「──あっ、子日君の後ろ姿って新鮮かも」
先輩が、そう言うと同時に。
──さわっ、と。先輩の手が、俺の背中を撫でてきた。
「──うわッ!」
箸でつまんでいた刺身が、テーブルの上にポトリと落ちた。勿論、先輩がいきなり背中を撫でてきたからだ。
その様子を見て、完全に酔っ払っている幸三がケタケタと笑う。
「や~いっ、へたくそ~っ」
「酔っ払いは黙ってろ!」
鋭い眼光で幸三を睨んだ後、後ろに座っている先輩を振り返る。
ヤッパリ、先輩は笑顔だ。もしや、意外と先輩は酔っているのだろうか?
だがさすがに、体を触られるのは嫌だ。……いや、いつものセクハラ発言も十分嫌だが。それ以上にもっと、嫌だった。
「先輩、やめてください」
「あぁ、ごめんね。つい」
両手をパッと開いて、先輩は笑う。
……なんだ? いつになく物分かりがいいぞ? もしかすると先輩はお酒を飲むと、俺への配慮ができるようになるのかもしれない。テーブルの上に落とした刺身をつまみ、口に入れながらそう思う。
──しかし、違った。
「──こういう場所って無礼講だから、いいかなって思ったんだけど……子日君は照れ屋だったね。ごめんね、次は二人きりのときにするよ」
──頼むから誰か、この阿呆を引き取ってくれ。
背後を取られるのは危険だと判断した俺は、不本意ながら後ろを振り返る。それを見て、なぜだか先輩は満足そうだ。
……はぁ、仕方ない。歓送迎会らしく、挨拶するか。
「──一ヶ月という短い間でしたが、今までありがとうございました」
「──僕は歓迎される側だよ、子日君っ?」
頭を下げると、先輩が驚いたように慌て始めた。
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