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 この場から離れないならせめて、先輩を商品係から追い出そうとしたのだが。残念ながら、ヤッパリ失敗した。……チクショウめ。  そんな不毛すぎるやり取りをしていると、俺たちの近くに座っていた係長が豪快に笑い始める。 「ハハハッ! なんだか子日は最近明るくなったな~っ」 「それはもしかして、僕が来てからですか?」 「おうとも。牛丸が来てからだ」  なにを言っているのだ、この係長は。……と言うか、俺の周りには酔っ払いしかいないのか? これだから酒は嫌いなんだよ、チクショウめ。  俺は相手が上司だということも忘れ、げんなりとした顔で係長を見る。 「腹が立っているときの顔って、明るい表情なんですか?」 「ハハハハハッ」  いや、笑いごとじゃなくて。  先輩も係長も、笑っている。その空気を察してか、幸三までも笑い出す。  いや幸三、お前は俺の味方だろう? なにを笑っているのだ。頼むから、意味も分からず笑うのはやめてくれ。  すると、不意に。 「子日君」  帰りたいと本気で考え始める俺の顔を、先輩が突然、真剣な目で見つめてきた。……えっ、いやいや、なんでっ?  顔だけはいい先輩の真剣な表情は、いくら苦手且つ恐怖の対象でしかないと思っている相手だとしても、思わず息を呑んでしまう。黙って見つめられると、視線が奪われそうだ。 「はっ、はい……っ?」  思わず俺は、ピシッと姿勢を正してしまう。  ……そうだった。いつも忘れかけてしまうが、この人は【営業部の時期部長】とまで噂される人だ。  俺にはいつもセクハラまがいのことばかりしてくるが、根本は凄い人なのだろう。こうやって見つめられるだけで、思わず萎縮してしまう。この人には、そういう【オーラ】があるのだ。  見つめられている意味も分からず、変に緊張している俺を見て、なにかを感じ取ったのだろう。幸三と係長が、口を閉ざして黙り始める。  沈黙が続く中、やっと先輩が口を開いた。 「僕が『フラットに接してほしい』って言ったのを、君は覚えているかな?」  勿論だ。忘れたりしていない。 「はい」  返事をしてから、ハッとする。  ──もしかして、先輩は今の今まで、俺に気を遣っていたのか?  一ヶ月経って、俺が先輩に対してようやく変に気を遣わなくなったのを見て、先輩は安心したのだろうか? 先輩はわざと、俺のために道化を演じて……っ?  もしも、そうだとしたら……?  ──俺は、最低な奴だ。  そうだよな、そうだよ。先輩みたいな凄い人が、俺なんかを本気で抱いてこようとしてくるはずないだろう。それなのに俺は、勝手に先輩を誤解していた。  俺の返答を聞いて、先輩が笑う。その笑顔を見て、俺は理解する。  ──ヤッパリ俺はずっと、先輩に迷惑をかけていたのだ、と。  頭の固い俺を、先輩は笑顔のまま見つめている。  そして再度、先輩が口を開いた。 「そうだよね、さすがに一ヶ月経ったんだし、そろそろ大丈夫になってくる頃合いだよね」  なにがだ? ……あっ、分かったぞ。これは『緊張しなくなってきたよね?』って意味だよな? 「はい。もう、大丈夫です」  これ以上、先輩に道化を演じさせるわけにはいかない。俺は力強く、しっかりと頷く。  すると先輩は「良かった」と呟いてから、こう続けた。 「──じゃあ、歓迎会ついでに後ろの方でも僕を歓迎してもらおうかなっ」 「──だと思いましたよ!」  ──感動を返せッ! このクソ野郎ッ!

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