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 先輩の上着をハンガーにかけて、俺たちはリビングの床に座った。 「見たい番組があったら、好きに見ていいですよ」  テレビをつけてから、先輩にそう言う。  俺自身、見たいテレビ番組があるわけじゃない。ならばなぜテレビをつけたかと言うと、沈黙になったときに気まずいからだ。そうならないための【保険】として、テレビを付けただけ。  俺が素っ気ない態度を取っても、先輩は落ち込んだ様子にはなるもののどこか、嬉しそうだ。そんな先輩を見ていると、背中を押される気がする。  ──もしかしたら俺が振っても、先輩はあまり気にしないのではないだろうか。  先輩のスペックなら、すぐに彼女ができるだろう。  恋を忘れるためへの近道は新たな恋だと、よく聞く。先輩にとっての俺は、そうであってもらおう。  俺は冷蔵庫から、自分が飲むためにウーロン茶を取り出す。先輩は先輩で、コンビニで買った酒とつまみをレジ袋から取り出していた。 「なんだか嬉しいなぁ……っ」  感慨深げに、そう呟きながら。  先輩は缶ビールのプルタブを引いて、口を付けた。その口元は、少し緩んでいる。  振る……のは、まだ早いか。俺はテレビに映る女性芸能人を見て、先輩を見た。 「別に、そこまでしみじみと喜ぶことでもないでしょう? 先輩、女性にモテるじゃないですか。そういう人たちと飲んだりするでしょう?」 「勿論」  先輩は即答してくる。  ただ、事実を言っているだけ。嫌味っぽい感じで言っているわけでは、なさそうだ。  この人は、そういう人生を送ってきたに違いない。女性にモテて、きっと同性の友達もいっぱいいるだろう。  ならば、と。当然すぎる疑問が湧いてきた。  ──ならなんで、俺なんだ?  面白い話題を提供できないし、そもそも提供する気もない俺のなにがいいのだろうか。 「それだと不満なんですか?」  俺と飲んでいるのが楽しいのか、それとも女性と飲むのが楽しくないのか……。俺は後者だと思って、思わず先輩に訊ねる。  俺は酒を飲まないから、それだったら酒を飲む人と飲んだ方が楽しいだろうに、とすら思ってしまう。 「不満はないよ」  もう一缶飲み終わったのか、先輩は新しい缶ビールを出して、またプルタブを引いた。 「不満とか、そういうのじゃなくてさ」  つまみを選びながら、先輩は続ける。 「──子日君が家に招いてくれたのが、純粋に嬉しいだけ」  テーブルに並べられたつまみから視線を外して、先輩は俺を見た。  ──その【目】に、背筋がゾワッとする。 「……俺、そういうつもりで呼んでないです」 「どういう意味?」  ──『どういう意味』って……っ。  ──先輩が獲物を見るような、野性的な目で俺を見てくるから……っ!  俺は眉間にシワを作って、先輩を睨む。それを見て、先輩がおどけたような態度を取った。 「怖いよ、子日君」 「俺、先輩と寝るつもりないですから」 「え~っ?」  本気で落ち込んでいるようには見えない。いつもの軽口だと思っているのだろうか。……いや、俺はいつだって本気で拒否しているつもりだけどな?  先輩は俺が伝えた今の言葉を、いつもと同じやり取りだと思っているのだろう、きっと。  ──ヤッパリ、上機嫌な今のうちに言ってしまおう。話が、変な方向に進む前に。  膝に置いた手を、思わず強く握る。拳を作り、俺は意を決して、先輩に伝えた。 「──ごめんなさい、先輩。俺は先輩のこと、好きじゃないです」  現代社会人よ、俺を見ろ。ネットに頼らないこの俺の姿を、見てくれ。

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