もしかして。自分が主役の二次会に来てくれない俺に、落ち込んでいるのか？　そうだとしたら、なおさら顔を見られない。 　傷付けたいわけじゃないし、落ち込ませたいわけでもなかった。 　……なにか。俺が先輩にしてあげられることはないのだろうか、と。答えが見つかるはずもない問い掛けを、俺は自分自身に与え始める。 　すると先輩は困ったように笑ったまま、ポツリと付け足した。 「終電もギリギリだしね」 　……『終電』か。その言葉で、俺は天啓を受けた気になった。 　──俺にできる、先輩へのなにか。 　俺は顔を上げて、俺よりも頭ひとつ分くらい高い先輩を見上げた。そして、ハッキリとした口調でこう訊ねる。 「──だったら、うちで飲み直しませんか？」 　俺の提案に、なぜだか先輩は目を丸くしていた。……先輩のこんな顔、初めて見たな。 　先輩は自分の右手首を掴んだまま、驚いた様子で言葉を返す。 「えっ、それって──」 「あっ。そういうことをする気持ちと元気があるのでしたら、頑張って駅まで走ってください。今日の会話は終了です、本当にお疲れ様でした」 　目を輝かせた先輩の前に手の平を向けて『ストップ』と意思表示すると、俺はその手を振って先輩に背を向けようとした。 「えっ、ちょっ、ちょっと待って、子日君っ！」 　その手を、先輩が慌てて掴んでくる。強引な手つきではあるが、いつもみたいに口元に持っていこうとか、そういう様子は一切見当たらなかった。 「勿論、勿論っ！　行かせていただきますっ！」 「それは【変な意味で】ですか？」 「下心がないと言えば嘘になるけど、子日君と飲み直したいのが本心だよっ！」 　……下心、あるのかよ。もう少し、隠す努力をしてくれ。 　だけど、俺の手を離そうとはしてくれない。自分の部屋にこのケダモノを招くのは早計、だったかもしれないな。 　だけど、俺が先輩にできることは、ひとつだけ。 「俺は下戸ですから、家に酒を買い置きしていません。なので、コンビニで調達しましょうか」 　──早く、先輩の恋を終わらせてあげよう。 　それが、俺にできる先輩へのせめてもの【善行】だ。 　＊　＊　＊ 　コンビニで酒を数種類買った後、俺は先輩を連れてアパートに帰ってきた。 　二階建てアパートの、二階。そこそこ年数の建っている、お世辞にも綺麗とは言えない平凡なアパート。 　俺は鍵を開けて、先輩を中に招いた。 「狭いし、なにも面白いものはありませんが」 「お邪魔します」 　先輩がニコニコとスマイルを浮かべながら、俺にそう言う。 　コンビニへ向かっている時も、コンビニで買い物している時も、コンビニからこのアパートに向かっている時も……。先輩はずっと、上機嫌だった。 　そんな姿を見ていると、自分の決心が揺らいでしまいそうにもなる。 　まさか『振られに来た』なんて、思っていないだろう。むしろ『脈がある』と、勘違いさせてしまっている気がする。……やはり期待させて、しまっているだろうか。 　いや、揺らぐなよ、俺。俺は先輩のために、先輩の不毛すぎる恋を終わらせるのだから。 　俺は部屋に入ると、スーツの上を脱いだ。それを見て、すかさず先輩が口を開く。 「子日君のワイシャツ姿、初めて見た」 「あの、先輩。気持ち悪いことを言わないでいただけますか？　率直に言って追い出したくなります」 「ただ事実を言っただけなのに……っ！」 　リビングと、寝室用の部屋がひとつ。トイレと風呂は一応別々の配置だが、決して広くはない間取り。 　寝室からハンガーを持ってくると、俺は落ち込んでいる様子の先輩へ、ハンガーを持っていない方の手を伸ばす。 「先輩。スーツの上、貸してください。ハンガーにかけますから」 「子日君……っ。なんだか、お嫁さんみたいだね」 「上着じゃなくて首をかけますか？」 「意味は分からないけど怖いよ、子日君！」 　先輩はパッと表情を明るくしたかと思うと、また落ち込んだ。 　そして俺に言われた通り、先輩は俺に上着を手渡した。