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 幸三が先輩に言った言葉を思い出す。 『牛丸サンって本当に、ブンのこと好きッスよね~っ』  ……本当に、そうなのか?  今思えば、先輩に『セックスしよう』とか『抱かせて』とか。そういう類のことを言われてはいるが、厳密に『好き』と言われたことがない。そんな今さらすぎることに、俺は今頃気付く。  そして、それに気付いて……変に動揺している自分に、驚いた。  ──先輩が、俺を好き?  先輩に好かれているとか、嫌われているとか。そういう観点で先輩の言葉を考えたことが、ただの一度もなかった。  もしも、幸三の言うように。先輩が俺のことを本当に好きだとして、だ。答えは、決まり切っている。  ──申し訳ないが、俺は先輩のことを好きじゃない。  先輩がもし俺に『好き』と言ってきても、俺は先輩に『好き』と返せないのだ。  恋をしているときによく使う言葉を代用するのなら、俺は先輩に【ドキドキ】したことがない。  先輩のことばかり考えて【夜も眠れない】なんてこともなかった。  先輩と一緒にいて【この時間が永遠に続いたらいいのに】と思ったこともないのだ。  だけど、先輩が俺を好きなら? ……当然、俺は先輩を振らなくちゃいけない。むしろ先輩を振ることで俺にセクハラをしなくなるのなら、勿論願ったり叶ったりだ。  ……だけど。  ──先輩が傷付く姿は見たくない、とは思う。  ……あぁ、もう! 幸三が変なことを言うせいだ!  俺は頭の中でグルグルと【先輩を傷付けずに振れる言葉】を探しながら、歓送迎会の主役たちへ挨拶に向かった。  * * *  午後、十一時。歓送迎会の一次会が、ようやく終了した。  幹事の挨拶が終わり、各々が店を出る。  結局あの後、先輩とは一言も話していない。だから俺は『もしも面と向かって告白されたときの返事』を、色々と考えた。……だが、結局。  ──『ごめんなさい』と。考えた末にそれしか思いつかないなんて、ヤッパリ俺はつまらない人間だ。  家に帰ったら【告白、傷付けない、断り方】で検索しよう。困った時のインターネット先生と知恵袋先生だ。  辺りを見回すと、どうやら幸三は係長に連れられて二次会に出発してしまったらしい。  唯一仲の良い幸三もいなくなったし、第一に俺は早くネットで【告白の断り方】を検索したいのもあり、一次会で帰る気持ちでいた。  すると、後ろから俺を呼ぶ声が聞こえる。 「子日君」  先輩だ。  正直今は関わりたくないが、呼ばれたからには振り返らないといけない。俺はぎこちなく、先輩を振り返る。  そんな俺の思いは露知らず、先輩は駆け足で近付いてきた。 「子日君、二次会は?」 「今日は、ちょっと」 「フローリングの傷でも数えるの?」  俺自身忘れかけていた嘘を、先輩は可笑しそうに口にする。そんな挙動を見るだけで、胸が痛くなった。  きっと、いくらネットで検索したって──どう断ったって、先輩を傷付ける。そんな相手を、どんな目で見てあげればいいのだろう。  俺は視線を逸らして、ボソボソと答える。 「ちょっと、最近寝不足気味で」 「あははっ、嘘っぽいね」 「まぁ、えぇ、はい。……と言うか。俺よりも、先輩は二次会に行かないんですか? 主役ですよ?」 「う~ん……」  先輩は右の手首を撫でながら、俺の質問の答えを考えているようだ。俺も逸らした視線で、意味もなくスーツの裾を見る。 「……うん。子日君が行かないなら、僕も行かないかな」  そう言って、困ったように先輩が笑った。

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