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ネクタイの締め付けから解放されて、腕が涼しく感じる。
「僕は【好き】が怖い。誰かに好かれるのも、ましてや誰かを好きになるのも御免だよ。なによりも、恐ろしいからね」
解いたネクタイを床に置いた後、俺のワイシャツのボタンを閉める先輩の口調は、驚くほど冷静だ。
いつでも蹴れるよう、拒絶できるよう。俺は脚に、力を入れていた。
だが、先輩の言動を目の当たりにして……そんな気持ちが、徐々に薄まっていく。
「君は絶対に僕を好きにならないし、むしろ嫌ってくれている。だから無性に安心して、抱きたくなった」
……意味が、まるで分からない。これが、モテる男の心理なのか?
俺は、先輩を好きじゃない。きっと、好きにはなれないだろう。
苦手だし、なんなら今さっきの強姦未遂で嫌いになったと言いたいほどだ。
なのにそれを、先輩は『安心』と言った。
「『好きの反対は無関心だ』なんて言うけれど、僕に関心を持ってない人のことを、僕がどうこう思うはずもないでしょう? だから、僕にとったら【嫌い】が安心できるんだ」
そう言った後、先輩は自嘲気味に笑う。
「だからって、その気持ちを押し付けたのは反省しているよ。……本当に、ごめんね」
被害者は、どう見たって俺だ。そんなの、俺も先輩も分かっている。
なのに、なんで先輩が……っ。
──そんなに、悲しそうな顔をするんだよ……ッ。
先輩が『好きが怖い』と思うようになった原因なんて、俺は勿論知らない。そしてきっと、これからも知る機会はないと思う。
……だけど。いつもキラキラしていて、皆の憧れで、笑顔を絶やさない人が落ち込んでいるのは……。……見るに、堪えない。
先輩は深々と、俺に頭を下げた。
……やめろ、よ。なんでそんなに、誠心誠意謝るんだ? だったら初めから、こんなことをしなければ良かったじゃないか。
先輩は、誰にも好かれたくない。だけど無関心でいられるのは、きっと寂しいのだろう。
だから、嫌われていたい。嫌われていれば好かれることはないし、関心をずっと向けられるから。
……まさか、ここまでを見越しての行為なのか? 俺にはもう、牛丸章二という人間の本性が分からなくなっていた。
それでも、頭を下げ続けている先輩を見ていると、胸が痛む。今までのことが全て計算だとしても、ひとつだけ分かったことがあったからだ。
──先輩は、きっと。
──凄く、可哀想な人なのだ。
「……酔って、いたんですよ」
「えっ?」
そんな先輩を見ていると、俺は勝手に口が動いてしまった。
「先輩は、酔っていたんです。だから、なにか色々と魔が差しただけで。……そう。異動の疲れとかが爆発して、奇行に走ったんです。状態異常になっていたんです。そして俺の強烈な蹴りが、それらの良くないものを解除したんですよ。あぁ、つまりこれって大団円だ。はははっ、いい話ダナー」
先輩が顔を上げて、怪訝そうな顔で俺を見ている。俺が突然なにを言い出したのかが、分かっていないのだろう。
まぁ、それは当然の評価だ。そんなの、俺自身にだって分からないのだから。
だけど大前提に俺は、先輩を傷付けたいとかそういう気持ちでこの部屋に呼んだつもりはない。
怖いし苦手だし、どうやっても前向きな気持ちで先輩のことを見られないけれど。……それでも、先輩が落ち込んでいるのは、困る。
どうしていいのか分からないし、調子も狂うのだ。
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