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 小さいけれど必死の抵抗を続けながら、俺は先輩を睨み上げた。 「俺以外の人にも、こういうこと……して、いるんですか……ッ」 「なんでそんなことを気にするの?」  ワイシャツのボタンを全て外され、中に着ていた白いシャツが先輩の眼前に晒される。  そのシャツにすら手を掛けて、先輩は無理矢理上へと捲った。その動作によって、俺の上半身が先輩の目の前に露出させられる。  こんな状況だと言うのに、テレビからはこの場に似つかわしくない笑い声が聞こえた。 「もしも……もし、も。……先輩が俺以外にも、こんなことをしているのなら……ッ」 「『しているのなら』?」  俺は、下半身にグッと力を入れる。そのまま、思いきり──。 「──先輩はッ! 先輩が言う【好き】より怖い存在だろうがッ!」  そう怒鳴って、俺は俺を全く警戒していない先輩の急所を目掛けて。……申し訳ないが、膝で蹴り上げた。 「──ッ!」  男の急所に予想外のダメージを受けた先輩が、さすがに辛そうに呻く。  同じ男だから、先輩の痛みは十分分かる。……分かるが、同情はしない。するものか。  一先ず天使でも呼んでおけ。天国はいいところらしいぞ。  腕を押さえ付けていた手の力が緩んだのを見計らって、俺は先輩から距離を取った。 「先輩はッ! 言い逃れできないレベルでただのヘンタイですよッ! しかも、最低だッ!」  同じ男だ。可愛い人にムラムラする気持ちは、分からなくもない。だからと言って、許容してやれるわけじゃないが。  気持ち悪い、気持ち悪い、と。頭の中にはただただ、先輩に対する冷たい言葉だけが広がっていく。 「俺に『ヤろうヤろう』言ってくるのは、ただ俺の体がほしかったってことですかッ!」  いや、なんだこの会話は。男女間で発生する痴情のもつれでも、もう少しマシな会話だぞ。  けれど、そういう話なのだから仕方ない。悲しいが、これが俺たちの現実問題だ。  先輩はまだ痛そうにしながらも、俺を見る。 「……そういうことに、なるね」 「先輩はどうなのか知りませんけど、俺、ホモじゃないですから! そういうの、本っ当に! マジでやめてくださいッ!」 「僕だって、ホモじゃないんだけど……っ」  嘘吐けクソ野郎ッ! どの口が言っているッ!  今さっき俺をレイプしようとした先輩が、俺を見ていた。それだけで、身の毛がよだつ。 「バイセクシャルだかなんだか知りませんが、俺は無理ですッ!」  確か、同性も異性も好きになれる人のことをそう言っていた気がする。だが、俺はそうじゃない。先輩の都合やら性癖なんか、知るものか。  俺は、精一杯拒絶しているつもりだ。だというのに先輩は、どうしたって笑っている。それがまた、ただただ怖い。  先輩は笑顔を浮かべたまま、頷いた。 「うん。……だから、君がいいんだよ」 「意味が分かりませんッ!」  先輩はわけの分からないことを言いながら、俺に近付いてくる。  この狭い部屋で、俺に大した逃げ場所なんてない。精々、精一杯威嚇するのが関の山だ。  それでも先輩は、俺に対して全く怯まない。 「子日君は、僕を好きにならないでしょ」  そう言って、手を伸ばしてくる。  ──もう一度、蹴るか?  ──いっそ、不能にしてしまえば……。  そんな、同じ男が考えるには想像を絶する恐ろしいことを考えながら、俺は壁に背をつけた。  そして、先輩が俺の腕に手を伸ばす。 「──だから、君を抱きたいなって思った」  そう言って、俺の腕に巻かれたネクタイをあっさりと解いた。

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