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 それからまた、数日後。 「子日君。一緒にお昼ご飯を食べてくれないかな?」  ある日の昼休憩に、先輩は隣のデスクから俺を誘ってきた。  相変わらず先輩は、俺にだけ必要以上にちょっかいをかけてくる。俺はほんの少しだけ体を引いて、先輩から目を背けた。 「すみません、今日はちょっと」  俺がそう言うと、先輩は椅子に座ったまま体を俺に向ける。 「子日君はいつもそう言うよね? いったい、いつになったら僕とご飯を食べてくれるのかな?」 「えっと、そうですね。少なくとも、俺か先輩がこの係にいる間は無理かと」  遠回し且つストレートな剛速球を投げたつもりだ。しかし、先輩は強固すぎるキャッチャーだったらしい。 「それは困ったなぁ。それじゃあ、今日は僕を優先してくれるかな?」  ──日本語よ。仕事をしろ。  なにが『それじゃあ』なのだろうか。接続詞が全く仕事をしていない。少しは、数分前までキーボードを叩いていた俺を見習ってほしいものだ。  だが、そろそろ諦めるいい頃合いなのかもしれない。俺はため息を隠すことなく吐き出し、先輩に目を向けた。 「分かりました」  正直なところ、そろそろこのやり取りを繰り返すのに疲れてきたところだ。俺は立ち上がり、先輩をチラッと見る。 「今日はご一緒いたしますが、席は離れてくださいね」 「あははっ。それは『ご一緒』って言わないよ、子日君」  なんで俺の日本語は訂正してくるのだ。そこは仕事をするなよ、ボケ。などという悪態は、視線で送る。……あぁ、クソ。また笑顔で受け止められた。この有能ポンコツキャッチャーめ。  やはり何日経ったって、俺はこの人が苦手だ。  ……余談ではあるが、他人への関心が薄かった俺には、生憎と【親友】という存在がいない。幸三とは仲がいいとは思うが、それは【同期】としてだ。  幸三にはよく、こんなことを言われていた。 『ブンはホンット、周りに興味なさすぎだよなー? もっと周りに関心持ってみろって。楽しいからさ!』  幸三はそう言い、俺にいつも笑うのだ。  ……違う。俺は別に『楽しいから』関心を持っていないわけではない。ましてや『楽しくなりたくない』わけでもないのだ。  どうしたって、俺には関心が持てないだけで……。  それでも、多少なりとも他人に対して興味はある。それは、事実だ。  だが、寝ても覚めても考えるほどか? 一緒の空間にいたら気にはなるが、離れたらどうだっていいだろう。  俺は俺で、相手も相手で……。 「子日君とお昼ご飯が食べられるなんて、今日はいい日だなぁ」  隣に並ぶこの人も、どうして好きだ嫌いでそんなに一喜一憂するのだろう。  好かれているのなら、それでいい。嫌われているのなら、それもそれでいいじゃないか。  ──たった一言『そうなんだ』で終わる俺は、そんなにおかしいのかよ。  そこで少しだけ、俺は先輩の気持ちに近付けた気がした。  好意や嫌悪といった感情は、苦しい。先輩の思想はそういったもので、なんとも生きづらそうだ。  関心が薄い俺に対して、周りは関心を向けるようにと強要してくる。そうした他人からの関心は、少しだけ。……息苦しいかも、しれない。  ここまで分解して、ようやく俺は先輩に理解を示せて。……ちょっとだけ、同情してしまっているのだろうか。だから俺は、先輩を拒絶しきれないのだろう。

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