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二人きりの事務所で、俺の声が響いた。
「幸三には、よく『周りに関心を持て』って言われましたけどね」
先輩から視線を外した俺は、手書きの書類に視線を落とす。
「先輩の評価を否定するようで大変恐縮ですが、俺は優しくなんてないんです。申し訳ないとは思いますが、俺は周りが持っているような関心を周りに向けられないだけなんですから」
書類を捲り、意味もなく視線を注ぎ続けた。
「ただ、興味がないだけです。だから、周りが──先輩が思い描く【優しい】と俺は、違いますよ」
これは、卑屈なんかではない。冷静に自分を分析した結果、俺は【子日文一郎】という男をそう評価しただけだ。
それでも、先輩は俺を『優しい』と言った。……それは、なぜだろう。
答えは、エクセルデータに数式を組み込むよりも簡単。
──それは、先輩が希望する【子日文一郎】だからだ。
「この際だからハッキリ言いますが、先輩にとってもそうですよ」
「僕にとっても?」
「えぇ。俺は【優しい】じゃなくて、先輩にとって【都合がいい】だけなんです」
俺の言葉を聴いて、先輩がどんな顔をしたのか。それを見ていなかった俺は、気付かなかった。
「だから、もう俺のことを──」
先輩が──。
「──子日君は、優しいよ」
──いつの間にかその顔から、笑みを消していたことに。
書類を捲っていた俺の手が、ピタリと動きを止める。すかさず俺は、先輩を睨み付けた。
「それは先輩にとってでしょう? 俺が先輩に【好意】を持っていなくて、しかも今後も持たないからでしょう? だから先輩にとって俺は、気を張らなくていい。ただそれだけじゃないですか。そんなものは【優しさ】じゃなくて【都合がいい】だけで──」
「僕はね。……君が君を自由に否定しているように、僕も自由に君のことを肯定しているだけだよ」
先輩は俺に向き直り、真剣な眼差しを向けてくる。
「だから、僕たちの意見はどちらも正しい。そしてきっと、僕たちはどちらも間違っているよ。人が向ける他人への評価なんて、どうしたってそういうものなんだから」
思わず、言葉を失くしてしまった。
きっと俺は、驚いたのだ。先輩がそこまで真剣な態度で、この話題に乗っていたことに。
それと同時に、俺はガッカリしてしまった。
──先輩はそんなに、俺を【善人】にしたいのか。
こちらの意見を尊重しつつ、自分の意見も主張する。
こちらの意見を否定するのなら、自分の意見も否定した。
おそらくこういった話術が、営業部では重宝されていたのだろう。
……だが俺たちは、互いにとっての【ビジネス相手】ではない。
「それは先輩にとって、俺がそうであってほしいだけじゃないですか」
押し付けは、うんざりだ。
先輩にとって【優しい】俺を、求めているだけのくせに。それらしい言葉を上手に並べて、俺に【善人】を継続させたいだけだろう。
──だからこそ、俺は先輩にとって【都合のいい】男なだけだというのに。
俺は奥歯を噛み締めて、先輩を睨み続けた。
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