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内線の相手は、オロオロとした忙しない様子で戸惑い続けていた。
『えっと、えーっと……っ! いっ、今っ、席を外していまして! 開発室の方にいると思います、なんです』
変わった日本語だなぁと思いつつ、俺は考える。
企画課には【仮眠室】の他に、内線電話ができる企画課の窓口的な【事務所】がある。
それと、会議をするための【企画室】。そして実際に開発の研究をしたりする【開発室】がある。
企画室と、開発室。そして仮眠室には固定電話がなく、そこにいる人は呼んできてもらうか、こちらから出向くしかないのだ。
と言っても、一応メインの事務所はこの内線の先。つまり誰が相手でも、いつかはここに戻って来る。個人のデスクがあるのは、そこだけだからだ。
「じゃあ、後でまた電話します。ありがとうございました」
俺がそう言うと、内線電話の相手は声を弾ませた。
『助かりますっ!』
……なにが?
なぜか感謝をされたが、理由は分からない。俺は一先ず、通話を終えた。
そうすると、そのタイミングを見計らったらしい先輩が、声をかけてきた。
「子日君、もしかして兎田君に用事があるの?」
「はい。……もしかして、お知り合いですか?」
これは仕事上必要な話だ。無視する内容じゃない。俺は先輩の方は見ないで、もう一度資料に目を通す。
俺が兎田さんへ用事がある理由は、兎田さんの書いた字が読めないからだった。……むしろ、これは日本語なのか? 確実に異国の言葉も書いてある気がするぞ? そのくらい、どう頑張っても読めない箇所が多々ある。
このままでは、商品のデータを入力できない。つまり、営業部に回すためのデータが作れないのだ。
隣の先輩はきっと笑顔のまま、俺に返事をした。
「一応同期なんだよね、僕と兎田君」
先輩は俺の態度を気にせず、言葉を続ける。
「子日君と竹虎君のように仲良しではないけどね」
そして、一言付け足す。先輩と仲良くない人がいるなんて、意外だな。……ん?
──仲良く、ない?
俺はすぐに、先輩を振り返った。
案の定こちらを見て笑っていた先輩と、不覚にも一瞬で目が合う。
そんなことにもまた若干イライラしてくるが、俺は気付いたことを伝えた。
「──それって、先輩にとって【安心できる相手】ってことですか?」
仲が良くないということは、無関心というわけじゃないのだろう。つまり、先輩に対して【無関心】じゃないけれど、それと同じくらい【好意を寄せていない人】だ。端的に言えば、俺が先輩に向ける気持ちと同じじゃないか。
すると一瞬だけ目を丸くした先輩が、また笑った。
「あははっ。やっとこっちを向いたと思ったら、なにを言っているの?」
クルクルとボールペンを指で回しながら、先輩は心底可笑しそうにしている。
なんだ、この態度は。シンプルに腹が立つな。俺はそんなに変なことを言ったのか?
先輩はボールペンを指で弄びながら、サラリと答える。
「彼、開発と研究にしか興味がないんだよ。根っからの人嫌いなんだ」
なんと、まさかの無関心だった。
……でも、そうか。兎田さんという人は、先輩にとって【安心できる相手】ではないらしい。そっか、そうか……。
……んんっ?
──なんで俺は、ちょっとだけホッとしているんだっ?
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