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なぜだかホッとしている自分が不思議で、理由を考えてみる。
思考して、一秒未満。すぐに思い付いた理由は、思わず笑ってしまいそうになるほど、しょうもなかった。
「じゃあ、先輩はその人にセクハラしてないんですね」
俺が、ホッとした理由。兎田さんが俺と同じ【セクハラ被害者】じゃないから、安心したのか。
俺以外にもあんな不毛なことをされている人がいたのかと思ったが、そうじゃなかったから安心したのだろう。ふむ、納得だ。まるで本物の善人になったような気分でもあるな。
先輩はボールペン回しをやめて、驚いた様子で俺を見た。
「セクハラ、って……。僕、生まれてから一回もしたことないよ?」
どの口で誰を相手に言っているのだ、この阿呆は。
これ以上の雑談は無意味だと判断し、俺は兎田さんが担当していない別の資料を取り出して、データの入力作業を再開した。
後でもう一回、内線をかけよう。最悪、終業間際には繋がるだろう。
そう思っていたのだが、驚くことに。
──一時間後。
『えっ、兎田主任? ……えっと、あのっ! 今は、企画室……ですっ!』
──さらにまた、一時間後だ。
『兎田さんに電話を繋いでほしいって……っ? 子日さん、でしたっけ? 僕に恨みでもあるんですかッ!』
──ダメ押しでさらに、もう一時間後。
『なんでもしますから、それだけはああぁッ!』
──終業時間になってしまうので、今度は区切って三十分後だ。
『そっ、その名前は……ッ! うッ、ウゥ……ぐぅぅ……ッ!』
──なんだよどうなってるんだよ企画課はッ!
俺は五回目の内線電話を切って、がっくりと項垂れる。
兎田さん──もとい、兎田主任がまったく事務所に現れない。
俺の内線に出た人は毎回違って、人によって反応が違うが、言いたいことは大体同じ。俺が『兎田主任』と口にするだけで、なぜかメチャクチャ、怯えている。
そんな中、兎田主任が戻ってきたら折り返しをもらうように毎回伝えてはいたが、折り返しの電話もこない。
先輩が言っていたように、開発と研究にばっかり熱中していて、そもそも事務所に顔を出していないのかもしれなかった。
……しかし、引き下がるわけにはいかないのだ。なぜならこのデータ入力は、今週中に終わらせなくてはいけないのだから。
これはもういっそ、終業時間になったら企画課の方に出向くしかないか。そう思いかけていた時だ。
俺と先輩のデスクの間にある、固定電話。そこから、軽快な音が響いたのだ。
それは、内線電話がかかってきた音だった。
時刻はもうすぐ、終業時間。もしかすると兎田主任に用事が発生したのか、ようやく事務所に戻ってきたのだろう。
俺は先輩に受話器を取られる前に、素早く手を伸ばした。そのまま相手も確認せず、受話器を持ち上げた。
「──はい! 商品係子日です!」
『──あっ、オレオレ! 営業部の竹──』
──なんだ、ただの詐欺か。俺は受話器をもとあった位置に戻した。
『ガチャンッ』という音がしたのを聞いてから、俺はパソコンの画面を眺める。……さて、入力の続きをするか。
するとまた、軽快な音が鳴った。
……仕方ない、取るか。
「……はい、商品係──」
『──本気で切る奴があるかーッ!』
営業部の事務所から電話をかけてきているくせに、随分と大きな声で怒鳴ってくる詐欺師だ。
……もとい、竹虎幸三の声が、受話器から響いた。
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