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どうやら異動しても、持ち前の明るさは健在のようだ。
と言うか……終業時間間際だというのに、俺になんの用事だ? 俺は片手でキーボードを叩きながら、幸三の相手をする。
「なんだよ、幸三。金ならもう貸さないぞ」
『オレ一回も借りたことないんだけど!』
兎田主任が作成した資料のデータ入力作業が思うように進んでいなかったがゆえの、妙な焦り。それが不覚にも、幸三のおかげで落ち着いてきた。
このまま雑談をするのもいいが、本題を聞いてやろう。俺は自分が盛大に逸らした話題を、強引に戻す。
「それはどうでもいいけど、どうした? なにか用事か?」
すると幸三は突然、声を潜めた。
『なぁ、ブン。お前、仕事終わったら今日この後って空いてるか?』
「今日?」
予定として確定していたわけじゃないが、兎田主任のところに行かなくてはならない。わざわざ隠すことでもないので、俺は素直に答える。
「企画課に行こうと思ってるけど──」
『マジでっ? ラッキー!』
小声だったはずなのに、俺の返事を聴いた幸三は唐突にいつもの声量で返事をした。その声量の違いに、俺の耳はおかしくなりそうだ。
キンキンと鼓膜が震える中、俺は受話器をしっかりと握り直す。
「はぁっ? なにがラッキーなんだよ?」
『オレも企画課に用事があったんだけどよ~、行ったことなかったからついてきてもらおうと思ってさ!』
「ガキかよ」
『あっ! もう終礼の時間になっちまう! 後で三階の企画課事務所前に集合なっ!』
「あ、待てって幸み──」
『ブツッ』と通話の切れた音が聞こえたと同時に、終業時間を知らせるチャイムが鳴る。
俺の意思を無視して、幸三と企画課事務所に行くという予定が決まってしまった。いや、だが、まぁ……企画課には用事があったし、丁度いいか。
幸三のことは言えないが、俺も行ったことがなくて不安だった。それに、数回の電話で【兎田主任】という人のイメージが不穏なものになったところだ。能天気で言動がハッピーパラダイスな幸三がいれば、ひとまず安心だろう。
事務所内で終礼の挨拶をして、俺は兎田主任が作成した資料を手に、デスクから離れようとする。
そうすると、隣のデスクに座るドマゾな疫病神が声をかけてきた。
「兎田君のところ?」
幸三のおかげで苛立ちが治まっていたのに、またぶり返しそうだ。
俺は終礼が終わって椅子に座った先輩を見下ろすようにして、横に立つ。
「はい、そうです。では、お疲れ様でした」
「待ってよ、子日君。僕も行くから、ちょっと待って」
……はっ? なんで先輩も来るんだ? 俺は動かそうと思っていた足を止めて、先輩を見る。
「先輩も兎田主任に用事ですか」
「いや、僕はなにも?」
そう言って、先輩は立ち上がった。用事がないのに、なんで兎田主任のところに行こうとするのだろうか?
もしかして本命は兎田主任じゃなくて、別の企画課職員に用事があるのかもしれない。推測を始めた俺には気付かず、先輩は俺の顔を覗き込んで、ニコッと笑う。
「兎田君、気難しい人だからさ。仲裁人として、ね?」
その笑顔に、言葉に、仕草に。
……また、モヤモヤと腹が立ってきた。
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