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6章【先ずは感情を奪い取ってくれ】 1

 先輩が早退した後。  兎田主任から手直しをしてもらった新商品のデータ入力を済ませて、俺はなんとか定時に帰宅した。  そして、翌日。俺は今日も、いつと同じ時間に会社へ出勤する。  実はこう見えて、昨日の俺は先輩のことをずっと考えながら仕事をしていた。……なんて、先輩は思ってもいないのだろうなぁ。 「──あっ、子日君、おはようっ。今日こそセックスしない?」  ──うん、いつもの先輩だ。  俺よりも早く出勤していた先輩が、俺の隣のデスクに座って挨拶をする。俺を見つけるや否や表情を明るくして、まるで飼い主を見付けた犬のようだ。飼った覚えはないがな。  早退して気持ちが落ち着いたのか、先輩の表情はいつも通りだった。爽やかに、カッコいい。いつも通りの先輩の姿が、そこにはある。  それなら俺も、いつも通りの対応をしようか。 「──あぁ~あっ! 昨日は静かで、仕事が過去最高レベルで捗ったなぁっ!」 「──どうして今、このタイミングで僕に向かって言うのかな?」  この関係を持続させるのが、先輩にとって大切なことなのは、分かっている。だから、俺はそう演じる。  すっかりいつもの調子になったのか、先輩はわざとらしく呟いた。 「──昨日は僕の【体液】を、その体で受け止めてくれたのになぁ……」  ──ザワッ!  瞬間、事務所が盛大にザワついた。  ……こっ、この男……ッ! 確信犯か、クソッ!  ただ【肩で泣いていた】だけのことを言っていると、俺は分かっている。だが、なんて意味深な言い回しでほざいて──。 「もしかして、二人って……っ」 「ついに、ヤ……っ?」  周りの職員が、口々に小声で話す。内容は、なんともおぞましい。 「ヤッてないですからッ!」  俺は堪らず、大声で否定した。 「あははっ!」  そのやりとりを見て、先輩は心底楽しそうに笑っている。  ……あぁ、なるほど、オーケー。先輩がそんな態度を取るのなら、今日は徹底的に無視してやる。  昨日のしおらしさはどこへいったのか、先輩の調子は完全回復していた。正直それは、素直に嬉しい。とてもいいことじゃないか。 「子日君、子日君」  俺を呼ぶ声も、いつも通り。うんうん、元気そうでなによりだな。良かった、良かった。  ……よし、無視を継続だ。 「ねぇ、子日君? 子日君の好きなプレイは、なに? どういう体位が好きかな?」  ……本当に、元気そうだな。無視、無視っと。 「僕は君とだったらこだわりなんてないけど、できれば初めては君の顔を見ながらがいいと思ってるんだ。……子日君、正常位は好き?」  黙れこの種馬野郎──じゃ、なくて。……無視だ、無視。 「照れているのかな? ふふっ、そんなところも可愛いね。素っ気ないその横顔にキスをしたいのだけれど、許してくれるかな?」  ……ん? なんか、随分調子が良さそ──。 「──うわあぁッ!」 「──あはっ、やっとこっちを見てくれたねっ」  先輩の調子が戻ったのは、本当に! 心から! 純粋に! 嬉しい!  だからって、だからって……ッ! 「──なにを本気で顔を近付けてきてるんですか、この色魔ッ!」  調子が良すぎるのも困るんだよッ!

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