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 これでも、同情はしているさ。  俺は先輩の弱った笑顔を見ながら、素っ気なく言葉を足した。 「先輩はまず、兎田主任のデータ入力からやっつけた方がいいと思いますよ」 「確かにそうだね。催促の内線電話がかかってきそうな気がするよ」 「きっと共通フォルダの確認もするでしょうね」 「そこで僕以外の人が打ち込んだと分かれば、すぐに商品の開発計画は白紙になるだろうね。兎田君のことだから、冗談抜きで強行するよ」  蛇足的説明ではあるが、データは誰が作成したのかを確認できてしまう。……とは言っても、先輩のパソコンでデータ作成をしたのなら【作成者は牛丸章二】と表示されるだけ。  先輩のパソコンで誰かがデータ入力をしてあげればいいだけの話だが、それではどのみち【作業の分担】はできない。  何度でも言おう。詰みだ、と。  先輩も、兎田主任も。二人とも仕事ができるだろうに、どうしてこんな子供っぽいやり取りをしているのだろうか。  心の中でエールを送りつつ、俺は自分の作業へ向き直ろうとした。 「あっ、子日君」  そんな俺を、先輩が呼び止める。俺はすぐに、視線をパソコンから先輩へ向けた。 「はい。なんでしょうか」 「兎田君から電話がかかってくるかもしれないし、今日は内線も外線も取らなくていいよ。むしろ、取っちゃ駄目。……分かった?」  こんな状況でも、先輩は兎田主任から俺を守ろうとするのだ。  ……変にカッコつけるなよな、馬鹿者め。俺は眉を寄せて、先輩をジッと見つめる。 「……先輩、知っていますか。世界最強のボディーガードがいたとしても、守られる側の雇用主が生きようとしていないのなら、どうしたってボディーガードは雇用主を守れないんです」 「えっ? ……あっ、うん? そう、だね? ……えっと、つまり?」 「先輩のそれは、神様も哀れむ自己犠牲っぷりですよって意味です」  この間、降り積もった雪に足跡を付けたがる子供のような無邪気さで、先輩は兎田主任にトラウマを踏み荒らされたばかり。  先輩は蹴られもしたし、殴られもした。それなのに俺を守ろうとするだなんて、愚かしいにもほどがある。  ヤッパリ、先輩は最悪のドマゾ野郎だ。  ──先輩を守るのは、俺の役目なのに……。 「頑張って、兎田主任の仕事と戦ってくださいね。骨は拾ってあげますよ」 「あれっ? 今日の子日君はちょっと僕に甘い──」 「そして拾った骨は兎田主任に渡しておきますから、なにかしらの商品に活用していただきましょう」 「人の骨をリサイクルに出すなんて酷いよ子日君っ!」 「『酷い』? どうしてですか? その商品データは、俺が責任を持って打ち込みますのに」 「わぁっ、それは嬉しい──じゃないよ! 僕はまだ子日君とセックスしていないから死ねないよ!」 「安心してください、先輩。俺の処女は未来永劫、誰にも渡しませんから。先輩が生きていようと儚く戦死してしまおうと、これは絶対です」 「──子日君の処女は僕が予約済みなんだけどっ!」 「──させてねぇよボケが」  あまりこう言いたくはないが、これは【触らぬ神に祟りなし】というやつだ。先輩も元気になったようだし、俺は俺の仕事を進めてしまおう。 「酷いよ、子日君……っ。絶対に仕事を終わらせて、今晩こそ子日君を抱いてみせるしかない……っ! 待っていてね、子日君っ!」 「朝礼の時間ですねー」 「子日君っ!」  よしよし。先輩は今日も元気そうだ。  そうして、朝礼の始まりを告げるチャイムが鳴った。

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