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 幸三は箸を下ろし、俺のことをジーッと見つめてきた。 「なぁ、ブン。誰に怒られたのか知らねーけど、ブンは十分頑張ってると思うぞ?」 「ん? それは、どうも?」 「ったくよ~!」  幸三には悪いが、雑談できる気分ではない。  しかし、どうやら幸三は『ブンが誰かに怒られて落ち込んでいる』と思っているらしい。確かにそれなら、俺が仕事に熱中しているのも納得できる理由だな。誰かになにかを訊かれたら、そういう方向性で切り抜けよう。  大丈夫だ。俺はこう見えて、嘘を吐くのが得意だった時期がある。そして今後も、俺はペテン師として生きるのだ。今ここに誓った。 「ブンはいつも、なんでも一人で抱え込むよなぁ。入社した時も、メチャクチャ忙しくたって誰も頼らなかったし」 「そうか? 俺は結構、誰かに頼っていると思うけど」 「たとえば?」 「……入力したデータのチェック、とか?」 「それは一人で完結しちゃいけない仕事だろ! そうじゃなくてさ~!」  まさか幸三から、仕事に対する説教をくらうことになるとは。人生、なにがあるのか分かったものではないな。  幸三は唇を尖らせて、それはそれは実に不満そうな顔をしていた。 「ブンはもうちょっと、周りに関心持てって。そうしたらきっと、ブンが困ってるときに頼れる相手とか見えてくるからさ」  ……『関心を持て』か。なんだか今では、触れちゃいけない宝物みたいな響きだな。  別に、相談をしたくないわけではない。ましてや、頼りたいと思える相手がいないわけでもなかった。  だけど……たとえば、仕事を例にするとして。相手だって仕事をしているのに、どうして自分のために時間を割いてもらわなくてはいけない?  俺の仕事は単独でする仕事なのだから、最終チェック作業くらいしか頼るべきものはないだろう。作業量が多くたって、やっていればいつかは終わるのだ。  だったら、俺が一人でやればいい。誰かの手を煩わせてまで守りたい自分の時間なんて、俺にはないのだから。  ……と言ったら、きっと幸三は泣くのだろうな、うん。  俺はせっかく頼んだうどんもあまり食べられず、おもむろに席を立つ。 「悪い、幸三。先戻る」 「はぁ~っ。あいよ、分かった分かった。ブンが頼んだうどんはオレが食べるから、そこに置いといてくれ」 「分かった」  俺の様子に呆れたのか、はたまた諦めたのか。幸三に引き留められることもなく、俺は社員食堂から出ようとした。  ……だが。 「──なぁ、ブン。オレってブンにとって、頼りない友達か?」  幸三が、そんなことを呟いた。  足を止めた俺は、幸三を振り返る。 「ブンはいっつもオレを助けてくれたし、オレにとって大事な奴だよ。だからオレだって、ブンを助けたいんだけど……」  そう言う幸三は、ふくれっ面だ。  アラサー男がする顔ではないぞ。……とは、言わず。 「俺の問題だから、俺がどうにかしなくちゃ駄目なんだよ」  なんともそれらしい返事をした後、俺は社員食堂を後にした。

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